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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第一章「クマゼコの呪い」
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ガーディアン④

「こ、これは一体・・・」

 屋敷に上がって驚いた。

 土間に続くのは居間だろう、部屋はまるで嵐が過ぎ去った後のようだ。ところ狭しと物が散らかっている。空き巣に入られたみたいだ。金目のものを探し回った後だろうか。箪笥の引き出しが引っ張り出され、手当たり次第といった感じで、畳の上に中のものがぶちまかれてあった。それだけではない。壁の一部が壊されていたし、畳がひっくり返され、床板が剥がされているところまであった。

 何かを徹底的に探し回ったようだ。

「刑事さん。クマゼコじゃ。クマゼコが荒しまわったんだ」芦刈さんが呟く。

「芦刈さん。まだ、その辺に犯人が潜んでいるかもしれません。気をつけて下さい」

 芦刈さんはこくと頷いただけで、「孝道さんや~寝ているのか?」と平然と先に進み始めた。「ちょ、ちょっと、芦刈さん」恐る恐る後を追う。

 居間を抜け、隣接する台所へと進んだ。ここも食器が散乱している。気をつけないと、床に散らばった食器の破片を踏んでしまいそうだ。誰も居ないことを確かめると、一旦、居間に戻って奥へ進む。いつ、クマゼコ、否、強盗が襲い掛かって来るか分からない。周囲の気配に気を配りつつ、ゆっくりと進んだ。

 昔ながらの日本家屋だ。部屋が直線に並んでいる。冠婚葬祭で人が集まる時は、襖を外すと大広間になる構造だ。居間を抜けると書斎として使っていたのだろうか、書物が散乱した部屋があった。

 辺りを見回す。クマゼコ、いや、強盗の気配はない。畳に転がっていた壁掛け時計がボーンと不気味な音を立てた。思わず、ひっ!と悲鳴を上げながら飛び上がった。

 情けない。「大丈夫か? 刑事さん」と芦刈さんに励まされる始末だった。

 奥に更に部屋がある。先に進むしかない。「行きましょう」と先に進む。襖を開けて、奥へ奥へと進んだ。何もない。ものが散乱しているだけだ。また部屋だ。部屋がある。

 襖越しにエアコンの音が微かに聞こえた。

「孝道さん~開けるよ~」芦刈さんが襖に手を掛ける。

 芦刈が襖を開くと、部屋からどっと冷気が流れ出してきた。そして、冷気に伴って異臭が押し寄せてきた。

「うへっ!」芦刈さんは異臭に弾き飛ばされるかのように、後ろ向きに転がった。

 目をしばたたかせながら、部屋の様子を伺った。

 どうやらこれが最後の部屋、寝室だ。八畳ほどの部屋の中央に布団が敷いてあり、掛け布団が大きく跳ね飛ばされていた。そして、男が一人、布団を斜めに、庭のガラス戸に頭を向けてうつ伏せに倒れていた。

 血塗れだ。体中に無数の傷を負っている。部屋中に飛沫血痕が飛び散っていた。

――おや? 遺体を見ても、意外に冷静だね。すっかり刑事が板についてきたじゃないか。

 広大君が言う。自分でも驚くほど、冷静だった。今晩、餃子が食べたいなと咄嗟に関係のないことを考えたのが良かったのかもしれない。

 遺体はもうひとつあった。男を追う形で足元に遺体が転がっていた。こちらは仰向けにひっくり返っており、やはり血塗れだった。そして、遺体には首がなかった。

 首無しの遺体は白衣を着ていた。

――ほう~首無し死体か。恐らく、ここで死体を解体したのだろうね。

 畳みの上に黒々と血溜まりが広がっていた。そして、血黙りの周りに、鮮血が飛び散った跡が放射状に広がっていた。広大君の言う通り、ここで首を切断したのだ。首を切断するのに手間取ったようだ。切断面が破裂した石榴のようにぎざぎざになっていた。

――部屋中に飛び散った無数の血痕は、犯人の執拗なまでの敵意を暗示している。犯人は被害者に対して強い恨みを抱いていたようだ。凶器らしきものは・・・ないな。恐らく、犯人が持ち去ったのだろう。

 広大君が言う。

 広大君が頭の中で僕に話しかけてくる。広大君は頭の中に住んでいる僕の大切な友人だ。解離性同一障害と言うらしい。俗に言う多重人格だ。僕の中にいる、もう一人の人格、それが広大君だ。普通、人格が入れ替わって現れるらしいが、僕の場合、突然、頭の中に広大君が現れ、話しかけて来る。広大君と会話をすることができた。

 広大君の言葉は僕以外、誰にも聞こえない。広大君が直接、誰かと話をすることはない。僕に話しかけてくるだけだ。そして、僕は考えるだけで、広大君に意思を伝えることができる。

 広大君は僕に無いものを全て持っている。完全無欠の人間だ。そして、常に僕の味方だ。広大君は言う、僕は君のガーディアンだと。そう、彼は僕の庇護者なのだ。

 広大君の存在は誰も知らない。僕だけの秘密だ。父も母も、無論、知らない。いや、誰かに知られてはならない。そんなことになれば、僕は人から異常者に見られてしまうだろう。そして、刑事の仕事を辞めなければならなくなってしまう。

――昴君。隈井さんに連絡だ。鑑識を呼んだ方が良い。

「芦刈さん、この部屋に近寄らないで下さい。今、応援を、鑑識を呼びます。取りあえず、ここはこのままにして、外に出ましょう」

「頼まれたって、この部屋に入るのは御免だ。クマゼコだ。これはクマゼコの仕業だ!」

 芦刈さんが尻もちをついたまま叫んだ。

――クマゼコねえ~そうそう。東北地方に油取りという妖怪の伝説がある。クマゼコと同じように、子供を誘拐して、その体を絞って油を取るといわれている。特に女の子から良い油が搾り取れるといわれていて、女の子は油取りに狙われ易いと考えられていた。

 明治初期には、秋田県や山形県で油取りに子供が誘拐されたという風説が広まり、子供の外出を禁じる外出禁止令が敷かれたりした。クマゼコは東北地方の油取りと風貌が異なるようだが、子供の失踪が多かった当時の世相を反映した妖怪だったのだろう。

 大分県には全滅したはずのツキノワグマの目撃情報が多い。クマゼコは妖怪伝説と熊の被害が結びついたものかもしれない。

 広大君は物知りだ。なんでも知っている。上の空で広大君の話を聞きながら、僕は隈井さんに電話を掛けた。

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