五本爪の傷跡①
分かっていることは多くない。
僻地の山村で、七軒屋で三人の人間が惨殺されたということだけだ。
直ぐに隈井さんが三苫巡査部長と駆けつけてくれた。遺体を検分した隈井さんは、五本爪の傷跡と呟いた。
遺体に無数の傷跡があったが、そのどれもが平行な五本の線になっていた。入田家の遺体は五本の爪で滅多斬りにされたようだ。
「クマゼコの仕業ですかね?」と隈井さんに尋ねると、「ふっ!」と一笑にふされてしまった。
芦刈さんから聞かされたクマゼコ伝説に影響され過ぎた。
「子供の頃に、悪さをすると、クマゼコにとって喰われるぞ!と脅されたものだ」
僕をからかっているのか、隈井さんは目を細めた。
――熊の爪痕って見たことあるかい? 熊が引っ掻く時、親指の爪痕はつかないから爪痕は四本だ。ほら、親指は反対方向を向いているだろう。五本爪って、見た目はインパクトがあるけど、なんだか嘘くさい。
広大君が話しかけて来た。
「そんなこと、分かっているよ!」とうっかり口に出してしまった。頭の中で考えるだけで、広大君には伝わるのに。
「うん⁉」と隈井さんが怪訝な目を向けた。
「あっ、いえ。熊の爪痕だとすると、親指の爪痕はつかないでしょうから五本爪は変ですよね」と咄嗟に誤魔化した。
――なんだ。僕の考えを横取りか。
広大君が呟く。今度は黙殺した。
「君の言う通りだ。クマゼコの仕業じゃないってことだ。五本の傷跡がつく凶器とは何だろう?」隈井さんが考え込んだ。
隈井さんの思考を遮るかのように、三苫巡査部長が話かけた。「どうやら服部さんが殺された日に、殺害されたようです。同一犯の仕業でしょうかね?」
――同じ凶器で殺されているから、同じ犯人だよね。
「殺害に同じ凶器が使用されています。同一犯の仕業を考えて間違いないでしょう」
隈井さんの答えと広大君の回答が被った。二人共、同じ意見だ。
「どうします?村人から話を聞いてみますか?」
「現在、村には・・・確か、七世帯あったはずですけど、今、何人住んでいるのですか?」
「現在、七軒屋には六世帯があります。入田家、服部家、芦刈家、黒枝家、山守診療所の首藤医師、それに外部から引っ越して来た恵良家の六世帯です。他に廃屋となっていますが、村はずれに田口家の屋敷が残っていますが、住人は村を離れており、ここにいません。まあ、住民票がありますので、七世帯と言うことになります。住人の数は・・・被害者である入田孝道さん、服部順治さん、それに首藤医師を除くと、残りは服部家の奥さん、芦刈さん、黒枝のお婆ちゃん、それに恵良家の一家四名ですから七名ですね」
「七世帯で七名ですか。七軒屋だけあって、七に縁があるようですね」
「みたいです」
「全部で七名なら、全員から話を聞きましょう」
現場保全を三苫巡査部長に任せて、僕と隈井さんは七軒屋の住人から話を聞くことにした。入田家の周りに家はない。一旦、山守診療所に戻り、そこから程近い場所にある服部家を訪ねた。
事件後、妻の由紀さんは家に閉じ篭っている。服部家を訪ねると、幽鬼のような表情をした由紀さんが顔を出した。
目の周りが黒ずみを塗ったかのように真っ黒だった。切れ長の目、小ぶりな鼻で、小面という能面のような顔だなと思った。
「服部さんは首藤医師に呼び出されて殺害されたと言うことですが、服部さんと首藤医師の間で、何かトラブルがありませんでしたか?」
隈井さんが尋ねると、「夫はどうしようもないほどのお人よしで、人から恨みを買うことなんてありませんでした。首藤先生との関係も良好でした。今から来てくれと言われて、診療所に行っただけです。何故、夫が殺されなければならなかったのか、私にはさっぱり分かりません。ううっ!」と泣き崩れた。
事件当日、由紀さんは夫の順治さんと一緒にいた。他にアリバイを証言してくれる人間はいない。泣き止まない由紀さんから話を聞くのをあきらめ、お悔やみを告げると、服部家を辞去した。
隣は軒を接するようにして建つ芦刈家だ。
「この村でまともな話が出来そうなのは芦刈さんくらいですね」
「ああ、そうだな」
芦刈家を尋ねたが、留守だった。自宅にいるように言っておいたが、出かけたようだ。狭い村だ。行先などたかが知れている。入田家の畑の一部を借りてナスを育てている。それに、村外れにぶどう畑を持っていると言っていた。ここに来る時、ナス畑を通って来た。芦刈さんの姿はなかった。となると、ぶどう畑にいるに違いない。
「どうします?」と聞くと、「良い天気だ。折角だから、ぶどう畑まで歩いてみよう。こっちかな?」と隈井さんが歩き始めた。
梅雨の晴れ間で太陽が顔を覗かせていたが雲が多い。良い天気だと隈井さんは言ったが、良い天気とは思えなかった。それでも、湿度の高い下界に比べて、ここは天然のクーラーが効いているかのようだ。肌寒いほどだ。
道は直ぐに坂道となり、二人で黙々と坂道を登って行った。ほどなく、道端の一軒屋から芦刈さんが出てくるのが見えた。
「やあ、芦刈さん! 丁度、良かった。探していたのです。少し話を聞かせてもらえませんか?」声をかけると、芦刈さんが立ち止まって、「おう。刑事さん」と片手を上げた。
「こちらはどなたの家です?」
隈井さんが、芦刈さんが出てきた屋敷を指差して尋ねる。
「ああ、ここは参の屋だ。もう何年も、誰も住んでいない。たまに空気を入れ替えてやらんと、参の屋が戻って来た時に困るからな」
都会なら立派な家宅侵入だ。山奥の僻村のことだ。空き家は、残った村人が、住人が何時、戻って来ても良いように、空気の入れ替えをしたり、掃除をしたりして管理をしている。勿論、家財を持ち帰るような不届き者などいない。田舎ならではの、ほのぼのとした光景だ。
そもそも芦刈さん自身、家宅侵入の罪を犯している意識など微塵もないだろう。
「参の屋?」




