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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
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信心の対価②

 七軒屋に続く坂道と国道が交わる辺りに乗兼寺というお寺がある。七軒屋の住人はみな、多かれ少なかれ、この寺の世話になっていた。乗兼寺の住職が多美子さんの祖父と親しく、娘、多美子さんの母親だが、住職からお母さんに、年頃の娘さんがいるそうだがどうだろう?と入田孝道さんを紹介された。見合いだった。

 話はとんとん拍子に進み、多美子の母は入田家へ嫁に来た。

 多美子さんの実家も七軒屋ほどではないが僻村だ。入田家は村の実力者だったし、悪い縁談ではなかったようだ。それが、不倫相手に村を追い出される格好になってしまった。

「祖父が元気なうちは、父に会いたいなんて、そんなこと、とても口にできませんでした。母と私を追い出した父を心底、憎んでいましたから。わたしの名前は、生まれた時は孝子だったんですよ。孝道の孝に子供の子です。それを祖父が、あんな男の名前なんて相応しくないと言って、今の多美子に改名したのです。それくらい、祖父は父の仕打ちを恨んでいました。

 祖父が亡くなり、実家を伯父、つまりは母の兄が継ぐと、別府に移り住んで、そこで知り合った恵良と結婚しました。娘の喘息が分かって、治療のために、どこか空気の良いところに引っ越そうかという話になった時、わたし、七軒屋に住んでみたい。父と会ってみたいと思いました。

 主人に相談したら、それは良いと賛成してくれたので、ここに引っ越して来ました。母は良い顔をしませんでしたけど、反対はしませんでした。もうお祖父ちゃんはいないからねと言っていました。

 赤ん坊の頃に別れたきりですし、名前も多美子ですので、父が自分の娘だと気付いてくれたはずはありません。きっと知らなかったと思います」

 やはり黒枝幹江さんが言っていた孝子さんとは、恵良多美子さんのことだった。

「そうですか。黒枝のお婆ちゃんは気がついたようです。お母さんの面影があるのかもしれません。遠い親戚同士ですから、お母さんが黒枝のお婆ちゃんには言ったのかもしれませんけど。

 お母さんにとっては、七軒屋は二度と足を踏み入れたくない、忌まわしい場所だと思っていたのですが、そうでもなかったみたいです。夏は北海道みたいに涼しいでしょうとか、冬は井戸水が暖かく、夏は冷たくて美味しいだろうとか、ここに住むようになって、七軒屋のことをよく話題にします。内心、七軒屋のことが好きだったのかもしれませんね。祖父の手前、七軒屋や父のことを悪く言っていただけかもしれません」

「そうですか」

「ここに来るまで、父は、一体、どんな悪いやつなんだろうと思っていました。実際に会ってみると、まあ、想像通りの偏屈じじいでしたけどね」多美子はそう言って笑った。「でも、子供たちには優しくて、日頃、あの愛想のない人が子供たちに対してだけは、見たこともないような笑顔を見せてくれました。ひょっとして、孫だと分かっているんじゃないかとずっと思っていました」

「分かっていたんじゃないですか。あなたのことも、自分の娘だと気がついていた。そんな気がします」

 隈井さんは優しい。隈井さんの言葉に、多美子さんは、わっと顔を覆って泣き出した。


――また一人、容疑者が増えたね。

 恵良家を出ると広大君が言った。

「全く、君は冷静だね」と広大君に答える。もう隈井さんに聞かれてもかまわない。

 恵良多美子さんかい? 動機は何? と聞くと、

――遺産目当てってことになるのかな? 入田家の。

 広大君の言葉を隈井さんに伝えると、「君の容疑者リストに加えておいてくれ」と言うので、手帳に書き加えた。


 容疑者リスト

●クマゼコ~妖怪?殺害方法がクマゼコの特徴と一致。五本爪。

●芦刈喜則~七軒屋住人。第一発見者。消去法で最有力容疑者。

●首藤医師~遺体を自分に偽装して失踪。殺害の動機不明。

×塩市拓谷~入田、服部、首藤に恨みがある。行方不明。

●田口公正~元七軒屋住人、行方不明。塩市拓谷と接触?

●橋内豊~塩市拓谷の育ての親。拓谷を殺され、復讐?

●加志崎将生~田口の次男。最近、塩市拓谷と会っていた。

●恵良夫婦~恵良多美子は入田孝道の娘。遺産目当て?


 診療所まで戻ると、隈井さんが「ちょっと寄りたいところがある」と言った。

「何処ですか? 何処に寄りたいのです?」

「黒枝のお婆ちゃんの家だ」

「ああ~」今回の情報源は黒枝幹江さんと言えた。

「お婆ちゃんと掛けて、冠婚葬祭の服と解く。そのこころは?分かるか?」

 また始まった。だが、今回は違うぞ。

「隈井さん。分かりました。黒が良い、でしょう?黒がええ、くろ、えーだ。黒枝」

「ご名答!」と言った隈井さんは悔しそうだった。嬉しい。隈井さんのギャグのセンスに追いつけたような気がした。

 僕らは黒枝家を訪ねた。

 幹江さんはいた。僕らことを覚えていなかったが、嬉しそうに迎えてくれた。

「黒枝さんは恵良多美子さんが入田さんのお嬢さん、孝子さんだと知っていたのですね?」

 隈井さんが尋ねる。

「孝道さんが順さんに、また何か言ったのか?」

 通じていない。耳も遠くなっている。隈井さんが耳元で「加志崎将生君に恵良家の奥さんが入田孝道さんの娘、孝子さんだと言ったそうですね!」と大声で言ったが、「そうか。順さんは、ええ人だからな」ととんちんかんな答えしか返ってこなかった。

「先日、田口貫之と加志崎蛍のお話を聞かせていただきましたが、加志崎家と田口家はその後どうなったのでしょうか?」

 芦刈さん曰く、調子が良い日と悪い日がある。隈井さんはあきらめたようだ。

「跡取り息子を討たれた田口かたの怒りは凄まじかった。息子の敵討ちと黒枝同喜を成敗する為に兵を集めたっちゅう。黒枝かたでも負けてはおらん。同喜を討ち取られてなるものかとこっちも兵を集めた」

 これには反応した。変なものだ。蛍と貫之の悲恋話の続きだ。隈井さん、興味無さそうに聞いていたが、続きが気になっていたのかもしれない。

「村を二つに割る諍いに発展しそうな勢いだった。そこで、宗家が乗り出してきた。両家のうち、どちらかでも兵を起こせば、宗家への謀反と看做して討ち取ると宣言なされた。まだまだ宗家のご威光が盛んだった時代だ。宗家に楯突いて、この村では生きて行けん。やっと双方納まった」

「じゃあ、同喜はお構いなしだったのですか?」

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