信心の対価①
――僕が思い描いていた犯人像に合致する人物が現れた。
広大君が言った。
加志崎家を出た僕らは、七軒屋を目指していた。加志崎敦子さんから気になる話を聞いたからだ。
二、三か月前に、将生君から妙なことを言われた。
「孝子さんって誰?」と将生君が言ったのだ。
「孝子さん?」将生君を問いただすと、七件屋の黒枝幹江さんが「孝子さんが村に戻って来た。敦子さんも村に戻ってはどうか?」と言ったと言うのだ。
黒枝幹江さんは加志崎家の分家の出身で、敦子さんから見れば親戚にあたる。とは言え、「お爺ちゃんの、お爺ちゃんの代に分かれた家」だと言うので、親戚と言ってもかなり血が遠い。
「村に行ったのかと聞くと、行っていないと言う。黒枝のお婆ちゃんとは町で偶然、会っただけだなんて言っていたけど、そんなこと信じられない。車も運転できないお婆ちゃんが一人で町に来ることなんて出来る訳がないし、あの子、私に黙って村に行っていたのかもしれません」と愚痴る敦子さんに、「孝子さんとは誰のことですか?」と隈井さんが尋ねた。
「壱の屋のお嬢さん。孝道さんと前の奥さんの恵美さんとの間にできたお子さん」と答えた。
入田孝道さんは一度、離婚をしている。前の奥さんはお子さんを連れて村を出たと聞いた。前妻が恵美さんで、その子が孝子さんだ。だが、芦刈さんは孝子さんが村に戻って来たなんて一言も言っていなかった。
そのことを確かめるために、七軒屋に行くのだ。
「君が思い描いていた犯人像? 犯人は田口公正じゃないの⁉」
そう口に出してから、ハンドルを握る隈井さんの顔を見た。隈井さんが聞く。「広大君は何と言っているんだ?」
「はい。彼が思い描いていた犯人像に合致する人物が現れたと言っています」
「加志崎将生か」と隈井さんは驚かなかった。
――隈井さんだって疑っているのさ。田口公正が犯人じゃないかもしれないって。
「広大君が田口公正は犯人じゃないかもしれないって言っています。隈井さんもそう思っているって」
忙しい。まるで通訳だ。
「彼の供述は一応、筋が通っている。だが、田口が犯人だとして動機は何だ?」
「三人に対する恨みだと証言しています。猟銃の誤射事件で服役し、村に戻ってからひどいことを言われたとか。塩市晴美さんの一件でも三人のことを恨んでいた可能性があります」
「分かっている。だけど、何故、今なんだ? 刑期を終えて村に戻ってからもう十年だ。一度は村を捨てている。何故、今になって村に戻って、三人を殺す必要があったんだ?」
そう言われればそうだ。
「塩市拓谷さんと出会ったからですか?」
「加志崎将生が鍵になりそうだ」
「彼が犯人なのでしょうか?」
「分からない。だが、限りなく黒に近いと思う。お前の容疑者リストに追加しておいてくれ」と隈井さんが言うので、「はい」と胸ポケットから手帳を取り出した。
加志崎将生の名前を書き加えようとして、ふと気が付いた。動機は何なのだろうと。広大君に聞いてみると、
――初めは、父親の恨みを晴らすために塩市拓谷の復讐を手伝おうと思ったんだろうね。でも、真の動機はもっと世俗的なものだよ。
世俗的? どういう意味?
――宗家の宝だろうね。金が欲しかった。それだけだよ。
なるほどと納得しながら、加志崎将生の名前を容疑者リストに書き加えた。
容疑者リスト
●クマゼコ~妖怪?殺害方法がクマゼコの特徴と一致。五本爪。
●芦刈喜則~七軒屋住人。第一発見者。消去法で最有力容疑者。
●首藤医師~遺体を自分に偽装して失踪。殺害の動機不明。
×塩市拓谷~入田、服部、首藤に恨みがある。行方不明。
●田口公正~元七軒屋住人、行方不明。塩市拓谷と接触?
●橋内豊~塩市拓谷の育ての親。拓谷を殺され、復讐?
●加志崎将生~田口の次男。最近、塩市拓谷と会っていた。動機は金。
事件発生直後には芦刈さん以外、これと言った容疑者もいなかったのに、僕の容疑者リストは長くなる一方だ。話題を変える。
「孝子さん、入田孝道さんの娘さんって誰なんですかね?」
「新たに村に来た人間。年恰好から言って、一人しかいないだろう」
なるほど。それなら僕にも分かる。恵良の奥さんだ。
七軒屋に到着する。診療所に車を止める。恵良家を目指した。
恵良家を訪ねると、多美子さんが僕らを出迎えてくれた。「主人は今、外出しておりまして」という多美子に、「いえ、あなたから話をお伺いしたくて参りました」と隈井さんが告げると、「そうですか。こちらへどうぞ」と応接間に通してくれた。
警察の取り調べを予期していたような感じだった。事情聴取が始まる。
「ところで、恵良さん。恵良さんは、どうやって、この七軒屋を知ったのですか?」
「娘に喘息の持病がありまして、空気の良いところを探していました。ここは辺鄙な村ですが、空気は良いし、それに何より診療所まである。だから、ここに移住することを決めました。正直、首藤医師がいなくなって、途方に暮れています」
「僕の聞き方が悪かったようです。ここは落ち武者の隠れ部落だったという言い伝えがあるような辺鄙な村です。町に住んでいる人は、七軒屋の存在など、きっと知らないでしょう。この村に縁のある、ごく限られた人間しか村の存在を知らないはずだ。あなた方はどうやって、この村の存在を知ったのですか? 誰かに教えてもらったのですか?」
多美子さんが晴れ晴れとして表情で言った。「どうやら全てご存じのようですね。私が入田孝道の娘だということを」
「やはりそうなのですか。入田孝道さんは知っていたのですか?」
「知らなかったと思います。少なくとも、わたしから親子の名乗りはしていません。この春に、奥さんを亡くして、随分、気落ちした様子でした。奥さんの一周忌が終わったら、娘だと名乗っても良いかなと考えていました。それが、こんなことになってしまって・・・」
多美子さんは目に涙を浮かべた。
物心付いた時に父親はいなかった。母も祖父も、父親のことを良くは言わなかった。いや、むしろ悪し様に批難した。だが、多美子さんには実感がなかった。お父さんに会ってみたいとずっと思い続けてきたそうだ。
「母は――」と父母の馴れ初めを話し始めた。




