↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
PR
43/47

時間旅行④

 僕らは中津にある加志崎家へ向かった。

 田口公正の元妻、加志崎敦子さんは二人の子供と共に中津市に住んでいる。長男が良生君、次男が将生君だ。

 去年、隈井さんは加志崎家の長男と会ったと言っていた。住所を調べてあったのだろう。ハンドルを握る手に迷いがない。

 加志崎家は中津市内から外れた田畑の中にあった。田畑の一部を整地し、住宅地としたようだ。小ぶりな日本家屋が碁盤目状に並んでいた。その一画に加志崎家があった。

 加志崎敦子さんは五十代後半、年とともに縮んでしまったかのように小柄だ。くるくるとパーマのかかった髪が小さな顔に乗っているようで、きのこを思わせた。鼻筋は通っているので、若い頃は美人だったに違いない。

 事前に電話をしてあったので、敦子さんは在宅だったが、長男の良生君がいて、「同席しても良いですか?」と尋ねて来た。母親が刑事から事情聴取を受けると聞いて、心配になって、会社を休んで駆けつけて来たと言う。

 母親と違って、すらりと背が高く、肩幅が広い。顔は父親に似たのだろう。太い眉毛に四角い頭をしているが、顎が細い。将棋の駒を逆さまにしたような顔だ。

 加志崎家の食卓で、膝を突き合わせるようにして事情聴取が始まった。

「七軒屋で起きた殺人事件のことはご存知ですか?」

 隈井さんが尋ねる。

「加志崎の家は――」と敦子さんが語り始めた。

 最初に七軒屋を捨てた家が加志崎家だと言う。「先祖代々、宗家の小作人でした。貧しくて、祖父は中津や行橋、そして北九州に出稼ぎに出ていました。祖父がこちらで仕事を見つけて家族を呼び寄せようとしたのですが、一度に全員を呼び寄せることができませんでした。兄弟、上から順に呼び寄せて行き、結局、最後に残ったのが父でした。それで末っ子の父が七軒屋の家を継ぐ形になってしまいました」

 敦子さんの父は四人兄弟の末っ子で、父親を頼って兄弟が村を出た後、加志崎家に残った。かつては家を継ぐ長男が羨ましがられたものだが、貧乏くじを引いた形になった。村を捨てた方が、生活が楽になる。そんな時代だった。

「その内、父親が糖尿病を患いまして。治療がありましたので、村にいては何かと不便だと言うことで、母親と共に村を出ました。私は参の屋に嫁に行ったばかりでしたので、一人、村に残されてしまいました。村で田口と共に生きて行くしかないとあきらめました。ですが、あんな事件が起きてしまい、村を捨てることになりました。子供たちを連れ、両親を頼ってここに来ました」

 敦子さんが住んでいるこの家は祖父が建てた家だそうだ。

「父親の兄弟は大阪と福岡、北九州に散り散りになっています。結局、この祖父の家も私が父から相続する形になりました」

 父親は先年、他界したが、母親が健在で同居している。現在、この家で敦子さんと母親、それに末っ子の将生君の三人で暮らしていた。事情聴取に同席している良生君は結婚し、家を出ているそうだ。

 敦子さんの身の上話を聞いた後、隈井が尋ねた。「別れた元夫、田口公正さんとは連絡を取り合っていますか?」

「いいえ。あの人から連絡して来ないので、連絡なんて取り合っていません。刑期を終えて出所してから七軒屋にいるはずです」

 隣の良生君が顔をしかめた。

「七軒屋にはいません。芦刈さんによれば、ある日突然、村から出て行ったそうです」

「そうですか。まあ、あんなことがあったから、村に居づらかったのかもしれませんね。あの人が今、何処で何をしているのか、私は知りません。興味もありませんし」

 すると、敦子さんの言葉を遮って、良生君が言った。「中津だよ。親父はここにいる」

「えっ⁉」と敦子さんが小さく声を上げた。

「中津のどちらにいるのですか?」

「何処に住んでいるのか、詳しい住所は知りません。建設労働者が集まる飯場って言うんですか、そういうところにいるみたいです」

「あなた、あの人と会っていたの?」敦子さんが驚いた顔で尋ねる。

「ごめんよ。お袋、今まで黙っていて。あれでも一応、俺たちの父親だからな。会いたいって言われて、何度か、一緒に飯を食った。将生も一緒だった」

 子供たちは田口公正と連絡を取り合っていたようだ。

「お父さんの連絡先は分かりますか? どうやって連絡を取っていたのですか?」

「まだ公衆電話ってものがあるんだよな。信じられないことに、今時、携帯を持っていなくて、他人の携帯を借りたり、公衆電話から電話をかけて来たりする。日中、仕事があるから、携帯に出られない。電話を受けるのは将生の役目だ。親父から電話があると、将生がメッセージを送って来てくれる。大抵、何時何時、親父が一緒に飯を食おうと言っているといった内容だった」

「なるほど。それで、最近は何時、お父さんに会いましたか?」

「さあ、一番、最近会ったのは、半年、いやもっと前だと思う」

「最近は会っていなかった訳ですね。では、塩市拓谷という名前に心当たりはありませんか?」

 隈井さんの質問に、敦子さんと良生君が同時に「塩市拓谷!」と反応した。

「知っているよ。宗家の跡取り息子だ。宗家と言うのは――」

「宗家については知っています」

「じゃあ、話が早い。七軒屋のことなんて、最近は思い出しもしないけど、子供の頃、あそこで育った。拓谷は勿論、知っている。弟が拓谷と同い年で、誕生日まで一緒だった。俺も弟も、拓谷と同じ学校に通っていたからね。仲が良かった。拓谷も中津にいるから、将生とはちょくちょく会っていたみたいだ」

 田口公正と塩市拓谷さんを引き合わせたのは、加志崎将生君だったに違いない。

「弟さんが塩市拓谷と親しかったのですね。今、弟さんはどちらに?」

「それが――」敦子によれば、もう四日ほど、姿を見ていないと言う。

 将生はアラサーだ。家に帰って来ないと言って、心配するような年齢ではない。高校を卒業後、一度、近所の工場に勤めたが、仕事が面白くないと言って辞めてしまった。それからは、定職につかずにぶらぶらしているらしい。

「あいつが家にいないことなんて、いつものことだから」と良生君は言う。

 バンドをやると言って、一年以上、家に帰らなかったことがあった。博多でホストをやっていた時期もあったと言う。

「また、何処かで夢みたいなこと言っているのだと思います。全く、あいつ、何時までお袋に心配かければ気が済むのか」

 良生君が忌々しそうに吐き捨てた。

 服部順治さんや首藤医師、入田孝道さんのことについて尋ねてみたが、敦子さんも良生君も、七軒屋を離れてから一度も会っていない。七軒屋でさえ、一度も行っていないということだった。

「懐かしいという気持ちがない訳ではありません。子供の頃、山でカブトムシを採ったり、川で泳いだり、魚を釣ったりしましたからね。でも、まあ、遠すぎます。法事で、乗兼寺辺りまでは行くんですけど、七軒屋まで行こうとは思いません。いつか、年をとったら、行ってみたいと思うかもしれません」

 良生君が寂しそうに笑った。両親の離婚の原因になった事故が、トラウマになっているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。