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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
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時間旅行③

「考えてやがる。何て答えれば良いのかと――」

 長い沈黙だった。「おい、どうした?」と係長に声をかけられても返事をせず、田口は必至で思考を巡らせている様子だった。

「やつの頭じゃ、どう答えるのが最善なのか、見極めることは困難だろう」

 やがて、田口公正は泣き出しそうな顔で言った。「刑事さん。俺だ。俺がやった。入田孝道を殺した。それから首藤医師を殺し、塩市拓谷を殺し、服部順治を殺した。全部、俺がやったんだ」

「ほう、そうか。分かった。なら、もう一度、最初から話してみろ」

 こうして取り調べは続いた。

「どうも信用のおけないやつだ」と憔悴した様子で取り調べ室を出てきた係長から、僕らは田口公正と塩市拓谷さんとの接点を見つけだすように指示を受けた。偶然、中津の町で塩市拓谷さんと出会ったと田口公正は証言したが、であれば、何時、どこで拓谷さんと出会ったのか、明確にする必要があった。

「頼んだぞ」と隈井さんの肩を叩いてから、「第二ラウンドだ」係長は取り調べ室に戻って行った。こうやって事件の詳細について、何度も何度も証言をさせる。取調官はわずかな証言の違いから、嘘を見抜くのだ。

 唐突に広大君が言った。

――昴君。ひとつ頼みがあるんだ。

 珍しい。広大君が僕に頼み事をするなんて。勿論、なんでも言ってよと僕は答えた。


「加志崎敦子さんに会いに行くことにしよう」

 驚いたことに、隈井さんからそう言われた。

「びっくりしました。僕も今、そう隈井さんにお願いするつもりだったのです」

「そうか。お前も同じことを考えていたんだな。いや、お前の中にいるもう一人のお前かもしれないけど――」

「えっ⁉」と僕は絶句してしまった。まさか、隈井さんが広大君のことを知っているはずがない。

「解離性同一障害って言うのか。二重人格とか、そういうやつだろう? 人格が入れ替わるってのは映画やドラマで見たことがあるけど、別人格と話が出来るというのは珍しいらしいな」

「・・・」隈井さんは、全て知っていた。

「何時、俺に話してくれるのかと、待っていたんだがな」

――ほら。やっぱりね。隈井さんは昴君が打ち明けてくれるのを待っていたんだ。

「気が・・・ついて・・・いたんですか?」

「まあな。独り言にしては、少々、目立ちすぎるからな。それに――」と言ってから、隈井さんはひとつ大きな深呼吸をした。「実は、病気のことは、お前のお父さんから聞かされていた。もし病気のことが公になれば、お前の警察官としての将来は終わりだ。内密にしておいてくれと頼まれていた」

「そ、そんな馬鹿な!」と思った。

 父が広大君のことを知っていたなんてあり得ない。あの父が。それに、僕の将来を心配していた⁉ そんなこと信じられない。父が心配していたのは、僕が精神異常者だと言うことが世間に知れ渡り、自分の名声に傷がつくことだけだったはずだ。

「どうした? お父さんがお前の病気のことを知っていたことが意外だったか? お前のお母さんだ。お母さんから聞かされていたそうだ。母親だ。お前が思っている以上に、お前のことを見ている。病気のことなんか、とっくに気が付いていた。そして、心配していた」

 母が・・・気がついていた。そして、父も知っていた。

 僕は父のため息が大嫌いだった。父が望むような大人になれなかったことで、見放されてしまったと感じていた。父のため息を聞く度に、僕は精神を苛まれた。死にたくなった。

 だが、あのため息は、父のため息は、僕が苦しんでいるのに何もできない自分に対する侮蔑のため息だったのかもしれない。

「隈井さん。事件のことで、係長に色々、僕のこと褒めて頂いたそうですが、実はあれ・・・全部、僕の考えなんかじゃないんです」

――止めろ! 余計なことは言わなくて良い。

「あれ、全部、広大君が言ったことなんです。彼は僕と違って頭が良い。推理力もあるし、僕なんかよりずっと警察官に向いているんです」

――馬鹿だな。そんなこと、言わなくて良いのに!

 広大君が叫ぶ。

「はは」と隈井さんは笑顔を浮かべると、「もっと自信を持て」と言う。「広大君と言うのは、もう一人のお前のことか? お前の分身か? だとしたら、広大君が考えたことも、お前が考えたことだ。お前たちは二人で一人だ。お前、イコール広大君だ。広大君が警察官に向いているとしたら、お前にも警察官としての素質があるってことだ」

 言葉に詰まった。

――ほら、流石は隈井さんだ。全てわかっている。

「あ、ありがとうございます」と言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 今まで、こんなに優しい言葉をかけてくれた人がいただろうか? こんなにも僕を評価してくれた人がいただろうか? いない。隈井さんだけだ。胸がいっぱいになった。

「さて、加志崎敦子さんから話を聞いて来よう」

 隈井さんが歩き出す。

 その背中を見つめている内に、ぽろぽろと涙がこぼれて来た。涙を悟られないように、僕は三歩下がって、俯きながら、後をついて行った。

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