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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
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時間旅行②

 ところが、入田家から村へは、一本道があるだけだ。運動不足の首藤医師がよたよたと走って逃げれば、いずれ追いつかれてしまう。首藤医師は当然、そのことが分かっていた。

 田口にも分かっていた。楽においつけると思った。だが、門を出ると、一本道に首藤医師の姿がなかった。

 二人で手分けをして、首藤医師を探すことになった。拓谷さんは田口に坂の上を探すように命じた。例のお地蔵さんがあった細い山道だ。そして、自分は庭を探した。

「先生は庭に隠れていた」

 やがて、拓谷さんは裏庭の草むらに潜む首藤医師を見つけた。絶体絶命、首藤医師に逃げ場はない。命だけは助けてくれ。お前のことは誰にも言わないと命乞いをしたが、拓谷さんは耳を貸さずに五本爪の凶器で斬りつけた。哀れ、首藤医師は五本爪の凶器で切りつけられ、谷底へ転落してしまった。

 残ったのは服部順治さんだけだ。拓谷さんは診療所に向かい、そこから電話をして服部順治さんを呼び出した。首藤医師の声音を真似て電話をかけた。人を疑うということのなかった服部さんだ。首藤医師からの電話だと信じた。

 塩市拓谷さんは診療所で待ち伏せし、やってきた服部さんを五本爪の凶器で切り刻んだ。

「そして、拓谷は俺のことが邪魔になったらしい」

 復讐を果たした拓谷さんは田口公正を殺そうとした。

「正当防衛ってやつだ。俺は自分の命を守るために、あいつを殺した」

 これが重い口を開いて出てきた田口の供述だった。

「何故、塩市拓谷さんの頭部を切断し、白衣を着せて首藤医師の遺体に見せかけようとしたんだ」

 こう係長に突っ込まれると、田口はしどろもどろになった。「それは・・・だな・・・あの・・・ああ、そうだ。悪いのは拓谷だ。もともと、俺は拓谷の復讐に手を貸しただけだ。だけど、このままだと俺の仕業になってしまう。だから、拓谷の死体を先生のものに見せかけた」

 検死を行えば遺体が首藤医師のものではないことぐらい直ぐに分かる。だが、田口にそんな知恵はない。単純に、白衣を着た死体に首が無ければ首藤医師のものだと勘違いするに違いないと考えた。

「それから、先生の死体を探しに行った。壱の屋で死んだことになっているからな。先生の死体がみつかると変だ。苦労したよ。死体を回収するのに――」

 田口公正は首藤医師の遺体を回収するために谷底に降りた。そして、谷底で首藤医師の遺体を見つけ、それを背負って山小屋まで運んだ。

 そして山小屋近くに穴を掘って、首藤医師と拓谷さんの頭部を埋めた。

 僕らが七軒屋で捜査をしている時、田口公正は谷底から首藤医師の遺体を背負って山道を登り、遺体を埋めていたことになる。

 隈井さんは言う。「どうも信じられないな」

 田口の証言に、うさん臭さは感じたが、僕にはどこがどう気になるのかまでは分からなかった。「彼の証言のどこが信じられないのですか?」と聞くと、「覚えているか? 塩市拓谷は血を見るのがダメだった」と隈井さんは言う。

 そう言えば是永鉄工所で事情聴取をした時、拓谷さんの同僚がそんなことを言っていた。

「そんなやつが人を切り刻めると思うか?」

 隈井さんはそう言うが、五本爪の凶器を制作したのは拓谷さんだ。血を見ることは覚悟の上だったのではないだろうか。

――彼の証言、変だね。

 と広大君も言う。

 おや、しばらく大人しくしかったけど、どうかしたの? と聞くと、

――旅行に行っていた。

 と答える。

 君、一人で旅行になんて行ける訳ないだろう?

――時間旅行さ。事件を塩市晴美が亡くなった頃、いや、七軒屋の起源と言われている二階崩れの変までさかのぼって、整理しなおしていたんだ。

 時間旅行? そこまで言うのなら、どこが変なの? と尋ねてみた。

――順序さ。

 順序? 何のことだい?

――検死の結果を覚えているかい?先に入田孝道、塩市拓谷、首藤医師が殺され、最後に服部順治が殺された。そう言ってなかったかい?

 そうだっけ?

――そうだよ。覚えてないのかい?やつは最初に入田家に押し入った。そこで拓谷は入田孝道を殺し、首藤医師を待ち伏せた。一度は逃げられたが、庭に首藤医師を追い詰めて殺し、そして診療所に行って、服部順治を殺した。最後に拓谷に殺されそうになって、彼を殺害した。そして、首を切り落とし、首藤医師の遺体に見せかけた。そう証言している。どうだい?矛盾しているだろう?

 塩市拓谷さんが殺されたのは最後じゃない。服部順治さんより先に殺されていたってことだね。

――そうだ。やつは最初から塩市拓谷を殺害するつもりだった。いや、殺(・)害(・)し(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)んだよ。

 どうして? どうして田口公正は塩市拓谷を殺さなけなければならなかったの?

――それはまだ分からない。理由のひとつとして考えられるのは、宗家の宝を探していたからじゃないかな。首藤医師の遺体は谷底に消えてしまった。見つけるまで時間がかかる。ひょっとしたら見つからないかもしれない。拓谷の遺体を首藤医師のものに見せかけることで、時間を稼ごうとした。宗家の宝を探す時間が欲しかった。

 拓谷さんは時間稼ぎの為に殺されたってこと?

――そうじゃないだろうけど。まあ、正直、塩市拓谷の存在が分かった時、最初は彼が犯人じゃないかと思った。

 どうして?

――だって、ブログにクマゼコのことが書いてあったじゃないか。クマゼコの仕業に見せかけて三人を殺害する。その計画の一環で、あんな凶器を作ったんだと思う。

 クマゼコのことを、たくさんの人に知っておいてもらいたかった。クマゼコの仕業だと思ってもらいたかったってこと?

――そうだよ。

 でも、拓谷さんは殺されている。犯人じゃない。いずれにしろ田口公正は逮捕された。事件は解決だね。

――どうかな? 本当に彼が言う通りなのだろうか? 死人に口無し。全てを塩市拓谷の犯行にしてしまいたいだけのような気がする。

 係長は殺害順序の件に気がついていた。「検死の結果、最後に殺害されたのが服部順治さんだと分かっている。お前の話は信憑性に欠けるな」と冷ややかに言うと、田口公正は「えっ⁉」と驚いた顔をした。そして、黙り込むと、腕組みして斜め上方の虚空を見ながら、目玉をぎょろぎょろと動かした。

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