時間旅行①
おなじ頃、服部由紀さんが発見された。
捜索範囲を広げて山狩りが行われたが、その捜索範囲ぎりぎりのところにいたと言う。賽の原の手前、一・五キロほど西にある岩場で発見された。発見された時は、意識不明の状態だった。岩と岩の間にできた隙間に体を押し込むようにして、意識を失っていた。
「恐らく服部由紀さんは賽の原を目指して、三日三晩、歩き続けた。賽の原では七軒屋のご先祖様たちが、日々、集まって村人を案じているという言い伝えがある。そこに亡くなった服部順治さんがいると信じ込んでいたようだ。だが、寄る年波には勝てず、岩場の影で動けなくなってしまった」
女性の足でよくここまで来たものだと、由紀さんを発見した消防隊員が驚いていた。山小屋を通り過ぎ、さらに山をひとつ越した場所らしい。賽の原に行けば、ご主人に会うことができる。由紀さんはその思いだけで山道を歩き続けたのだ。
「村の女だ。山は歩き慣れている」と芦刈さんは言ったが、山小屋の往復だけで疲労困憊だった僕には真似できない。想像もつかないほどの山奥だ。
当日、濃い乳白色の霧がかかっていて、捜索隊は由紀さんに気がつかずにいた。それに、辺りで硫黄の臭いがした。長くいられる場所ではなかった。
そこで、消防隊員は声を聞いた。
「もし・・・もし・・・」と低い声で自分を呼ぶ声がした。
年配の男性の声だったと言う。声がする方へ歩いて行くと、そこに由紀さんがいた。そう言うのだ。
由紀さんは病院に運ばれ入院中だが、「お山であの人に会った」とうわごとのように言っているらしい。あの人とは当然、服部順治さんのことだ。亡き服部順治さんが捜索隊を奥さんのもとに導いたのかもしれない。
田口公正は中津署に連行され、取り調べが行われていた。係長が取り調べを担当し、僕らもマジックミラー越しに取り調べの様子を拝見させてもらうことになった。
「腕が鳴る。よく見ていな」と係長はやる気満々だった。
係長の尋問を受けて、田口公正が供述を始めた。塩市拓谷さんとは町で偶然、出会ったと言う。旧交を温めている内に、塩市晴美さんが亡くなったことを知り、つい、塩市母子が村を離れることになった事件について教えてしまった。田口はそう言う。
「嘘だな」と隈井さんは信じていなかった。「塩市拓谷が村を離れたのは生まれて間もない頃だ。田口は赤ん坊の頃の塩市拓谷しか知らないはずだ。町で偶然、出会って塩市拓谷だと分かるはずがない」
隈井さんの言う通りだ。誰か田口公正と塩市拓谷さんを引き合わせた人物がいたはずだ。
田口公正の証言を続けよう。
母親の悲惨な過去を聞いた拓谷さんは、三人に対する復讐を誓い、殺人計画を練り上げた。勤めていた鉄工所で武器を作り、着々と準備を進めた。
「俺は止めたんだ。そんなこと止めろ。復讐なんて考えるなと。でも、拓谷は聞かなかった」
田口はそう言う。本当だろうか? 拓谷さんに、母親に対して三人がいかに卑劣な行為に及んだかという話をしたのは田口公正だ。彼は事実を捻じ曲げ、妄言を信じ込ませ、拓谷さんの復讐心をあおった。裏で糸を引いていたのは田口だった。
「でも、止めても無駄だった。協力してくれないなら、俺、一人でもやる。母親の恨みを晴らす。そう拓谷が言うもんだから、あいつに手を貸すことにした。俺も奴らに恨みがあったからな」
田口公正は三人のことを恨んでいた。
猟銃の誤射事件の後、入田さんからは、新聞沙汰になって村を辱めたと批難された。首藤医師からは、今度は人じゃなく猪を打てと茶化された。それに、視力に問題があるようだから診察に来いとも言われた。
服部さんは生真面目で正義感が強い人だったので、田口公正を批難するようなことはなかった。だが、事件の後、口を利いてくれなくなった。たったそれだけの理由で彼のことを恨んでいた。事件の影響で精神に異常をきたしていたのだろう。
田口公正は三人を恨んでいた。一人、芦刈喜則さんだけは、普段と変わらずに接してくれたようで、彼だけが味方だったと田口公正は証言した。
塩市宗谷さんが晴美さんに殺された時、田口公正は入田さん、首藤医師、そして服部さん、三人の合議の輪に入れてもらえなかった。三人はこれ以上、話を広めたくなかったのだろうが、田口公正にしてみれば、参の屋の自分には、宗家の一大事に加わる権利がある。仲間はずれにするとはけしからんと言う意識があった。
そのことも三人を恨んだ原因のひとつだ。
どうやら、事件後に晴美さんに言い寄ろうとして拒絶されたようだ。そのことで、晴美さんのことも恨んでいたふしがある。
証言は続く、田口公正は拓谷さんと七軒屋に向かった。
バイクで二人乗りをし、七軒屋にやって来ると何度か下見をしたと言う。入田孝道さん、首藤医師、そして服部順治さんの三人の行動パターンを把握するためだ。
殺人が計画的であったということだ。田口は自慢げに話すが、計画的な殺人であった場合、罪が重くなってしまう。
「そしてあの日がやって来た」
田口公正と拓谷さんは、二人で入田家へ乗り込んだ。
田舎のことだ。戸締りはいい加減だ。二人は入田家に上がり込むと、寝室で寝ていた入田さんを襲い殺害した。
「あいつがやったことだ」
入田孝道さんを前に、拓谷さんは怒りを爆発させた。工場で作った五本爪の凶器を手に、入田さんを切り刻んだのだと言う。
入田さんの殺害が終わったところに、首藤医師がやって来た。無論、往診の日は事前に調べてあった。
「予定よりちょっと早かった」
思いのほか早く首藤医師が現れた。案内も請わずに、いきなり寝室に現れた首藤医師は寝室の状況を見て目を見張った。首藤医師が現れたことに気が付いた塩市拓谷さんは五本爪の凶器で襲いかかったが、間一髪で逃げられた。首藤医師は寝室から逃げ出した。田口公正が追いすがって白衣を掴んだ。だが、首藤医師は白衣を脱ぎ捨てて逃げ出した。
屋敷から逃げ出した首藤医師は、当然、村に助けを求めに行こうとした。




