山小屋の怪人③
「父さんは経験豊富で、優秀な警察官かもしれません。でも、僕は僕です。警察官に向いていないことくらい、僕が一番、良く分かっています」
「じゃあ、警察官なんて辞めてしまえ!」
売り言葉に買い言葉で「警察官なんて辞めてやる!」と言いかけて、その言葉をぐっと飲み込んだ。
僕はずっと警察官になりたかった。父が警察官だったからだ。子供の頃は、清廉潔白で、正義感にあふれた父が憧れの的だった。だけど、大きくなるにつれ、自分が父に似ても似つかない出来損ないであることが分かって来た。憧れだった父は嫌悪すべき対象になってしまった。僕はずっとコンプレックスの中で生きてきた。
だけど、だけど、今は七軒屋の事件の捜査に、隈井さんとの捜査に生きがいを感じている。今は警察官を辞めたくない。
「僕は僕です。後悔のないように捜査を続けます」そう言い返すのがやっとだった。
「とにかく油断は禁物だ。細心の注意を払って捜査を続けろ」
そう言い残して父は電話を切った。
黙秘を続けるかに見えたが、首藤医師の行方を尋ねると、田口公正は、
「やつが何処にいるのか知っている」
と突然、口を開いた。
「先生は山小屋の傍で眠っている」田口公正は言った。
「眠っている?」
「俺が死体を埋めた。拓谷の頭も一緒だ」
「お前が殺したのか?」という問いに田口は答えなかった。
田口公正立ち合いのもと、現場検証が行われることになった。
また山小屋だ。無論、僕と隈井さんも現場検証に参加できることになった。
五本爪の凶器の発見は係長を喜ばせた。「でかした! でかしたぞ‼ 嶽君。よくぞ、凶器を見つけた。いや~最初に会った時から、見どころのある若者だと思っていたんだ」と何度も言われた。
どうだろう? 父のコネで押し付けられた僕のこと、厄介者だと思っていたはずだ。
――そう、すねるんじゃないよ。素直になりな。
広大君は言う。昨晩の父との喧嘩で意固地になっているのかもしれない。
――そうだよ。考えてもみな。昴君がお父さんに口答えしたのって、初めてじゃない?
そう言われればそうだ。父に反抗したのは初めてだ。
とあれ、どうだい。凶器を発見したのは僕だ。鶏小屋の異変に気が付いて、地面を掘り起こして凶器を見つけたのは僕だ。僕の鋭い観察眼はちょっとした異変も見逃さないんだ。僕は広大君にそう言って自慢した。広大君は、
――凶器を見つけたのは君だよ。もし君が、気がつかなきゃあ、いまだに凶器は見つかっていないかもしれない。そうなると、田口公正だって、犯行を自供していなかったかもしれない。
と言って、大いに僕のことを誉めそやしてくれた。
鶏小屋から五本爪の凶器が見つかったことを聞かされた田口公正は、がっくり、うなだれると、「私がやりました」と自供した――という話になっている。
僕の功績は大と言えた。
――君はやれば出来る人間なのさ。もっと自信を持ちなよ。
山狩りで疲れていたが、広大君の言葉が疲れを吹き飛ばしてくれた。
結局、服部由紀さんは見つからなかった。今日は範囲を広げて、再度、山狩りが行われることになっている。だが、田口公正が確保された今、彼の証言通り、首藤医師の遺体が見つかれば、この先も大掛かりな山狩りが行われるかどうか微妙だ。そもそも由紀さんが山に入ったのかどうか、はっきりしていない。
服部由紀さんの捜索は今日が勝負と言えた。
山狩りの部隊とは別に、田口公正を取り囲む警察官と鑑識官に交じって、僕らは山小屋を目指す別動隊に所属することになった。
昨日の山狩りで足がパンパンだった。さすがにきつい。
別動隊に三苫巡査部長がいた。僕の顔を見ると、昨日と同じように「嶽刑事!」と歩み寄って来た。
「三苫巡査部長、ご苦労様です。今日は一緒ですね」
「昨日は大活躍だったみたいですね。こちらは空振りでしたけど」
素直に嬉しい。僕の活躍が話題になっているみたいだ。「大活躍だなんて・・・そんな」と謙遜しておいた。
「嶽刑事。実はあれから、色々考えたのです」
「何でしょう?」また何か考えたようだ。
「クマゼコは犯人ではない理由ですよ。服部順治さんの殺害で、犯人はドアを開けて診療所に入っています。診察室にもドアがありました。クマゼコにドアを開けることができるとは思えません。わざわざドアを開けて入ったということは、クマゼコが犯人ではないってことになりませんか?」
またクマゼコ犯人説だ。ちょっと面倒くさくなった。
「そうですね。それにクマゼコが犯人なら、一度にたくさんの人を襲ったりしないのではないでしょうか? 野生の動物は食べるのに必要な分しか狩りをしないはずです」
「そうですね」と三苫巡査部長は頷くと、「また考えておきます」と言って戻って行った。
山狩りの捜索隊と共に、診療所を出発した。
入田家を超えた辺りで、もう息が切れた。みな、粛々と山を登って行く。遅れる訳には行かない。歯を食いしばって歩き続けた。
鬱蒼と生い茂っていた森が段々、薄くなり、突然、緑の高原が目の前に広がった。膝丈の雑草が緑の絨毯を形成している。気温がぐっと下がる。羊が群れを成すヨーロッパの山地にありそうな高原だ。だが、斜面が急でのどかな牧草地とは言えない。
緑の絨毯の上にぽつんと山小屋が建っていた。
牧歌的だ。益々、ヨーロッパの山々を思い出す。




