山小屋の怪人②
狭い家だ。八畳ほどの居間がひとつに台所、トイレ、浴室があるだけだ。見て回るほどもない。異常は感じられなかった。
「二階があるようですね」
「うん。二階には滅多に上がらないけどな。空気を入れ替えるだけだ」
隈井さんが階段を登って行く。
二階は二間あり、そのどちらにも家具らしきものがほとんど無かった。事件の後、奥さんが子供を連れて家を出ている。その際に持ち出したのだろう。
芦刈さんが、「何もないだろう」と窓を開けた。
その瞬間、部屋の中にゴミが舞い込んできた。コンビニのおにぎりを包んでいるフィルムだ。足元に落ちたフィルムを手に取った隈井さんが表情を変えた。
「芦刈さん。前回、ここに来たのはいつ頃ですか?」
「ああ、ほら、あんたたちに出会った日だよ」
「その前は?」
「その前? さあて、ひと月前だったか、ふた月前だったか」
「事件があった日の前々日、ここに来ましたか?」
「いいや」
隈井さんは何に気が付いたのだろう。
「ほら、これを見ろ」
隈井さんはおにぎりのフィルムをハンカチで包むと、僕に見せてくれた。可愛らしい熊の刺繡の入ったハンカチだ。彼女のものですか?と言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。今はとても冷やかせる状態じゃない。
触らないように気を付けながらフィルムを見たが、特に変なところはない。コンビニで売っている、おにぎりを包んである普通のフィルムだ。
――ああ。と広大君はすぐに何かに気が付いた。
焦る。僕だけ分からない。
「日付をよく見ろ」と言われて、やっと気が付いた。
おにぎりの製造年月日が事件の二日前だった。
「事件前にここに人がいた。しかも、その人物は町で買い物をしている」
隈井さんの言う通りだ。痕跡は消してあったが、誰かが屋敷に侵入し、二階の部屋にいたことは明らかだ。ここに潜んでいたのだ。その誰かがここで、おにぎりを食べた。窓からゴミを投げ捨てたのが屋根の上に残っていた。それが窓を開けた途端、風に乗って部屋の中へ舞い戻って来た。
「家の周りを見てみよう」
他に何か捨ててあるかもしれない。
縁側に腰をかけて動かなくなってしまった芦刈さんを残し、二人で家の周りを見てまわった。あった。案の定、他にもポテトチップス空き袋やカップヌードルの空容器、割り箸などが落ちていた。だが、これらのゴミが何時、捨てられたものか確かめる術がなかった。
田口家の近くに、小屋があった。
「この小屋は何です~⁉」
縁側で日向ぼっこをしている芦刈さんに聞くと、「ああ、それは鶏小屋だ」と教えてくれた。
「田口さんのものですか?」
「ああ、公正さんが使っていた」
扉が金網になっている。ここで鶏を飼っていたのだ。「おや?」よく見ると、鶏小屋の地面が変だ。
――昴君。よく気が付いた。土の色が変だね。雑草も生えていない。最近、掘り返した跡じゃないか?
広大君が褒めてくれた。
「掘り起こしてみよう」
――気を付けてね。
掘り起こす。土が軟らかい。ほどなく、細長い金属状のものが出てきた。意外に大きい。
――気を付けてね。
広大君が繰り返す。僕にだってピンと来ている。掘り起こすと形がはっきり見えてきた。熊手の様な形状だ。やがて、切れ味の鋭そうな刃先が見えた。危ない。うかつに触れると手を切ってしまう。慎重に掘り出す。
全体が見えてきた。五本の刃物が鍵爪のようになっていて、熊手状に広がっている奇妙な凶器だ。五本の刃が磨き上げられている。包丁を思わせる。持ち手があり、それを握って使用するようだ。バンドで手首に固定できるようになっていた。
刃や握り手の部分から、赤黒く変色した血痕が見られた。
「やったな。凶器を見つけたみたいだ。五本爪の凶器だ」
いつの間にか背後に来ていた隈井さんが頭の上から言った。
ついにやった! 凶器を見つけるなんて、大手柄だ。
――ああ、君はよくやったよ。自慢して良い。
と広大君も言ってくれた。そうだ。今回は広大君の力を借りていない。僕、一人の力で凶器を見つけたのだ。
家に戻っても、興奮は収まらなかった。今晩は寝られそうもない。じっと座っていられなくて、部屋の中をうろうろと歩き回っていると、携帯電話が鳴った。
また母からかと思った。
父だった。「犯人を確保したそうだな」
相変わらず直球勝負だし、こちらの捜査状況もお見通しだ。まるで監視されているようだ。
「まだ犯人だと決まった訳ではありません」
「そうか。お前が凶器を見つけたと聞いた。大事な証拠を見つけた時は、触らずに鑑識を呼べ。土の中に埋められていたそうじゃないか。凶器の周りの土だって、大事な証拠なんだぞ」
「・・・」折角の大手柄なのに、冷や水を浴びせられてしまった。
「容疑者を捕まえた。証拠を見つけた。いいか、それで終わりじゃないぞ。これからだ。容疑者が犯人であることを示す証拠を見つけて容疑を固めて行かなければならない。地道で日の当たらない作業だ。お前は根性がない。体力がない。辛くても値を上げるな」
「分かっています」
「分かった気になるな! 殺人事件の捜査は初めてだろう。犯人を捕まえて、間違えましたじゃ済まされないんだぞ。今こそ、手綱を締める時だ」
「分かっています! 僕にだって、それくらい」
「まだだ。この事件が終わってから、ああ、あの時、ああしていれば、こうしていればと後悔することになる。きっとな。そう思わないとしたら警察官失格だ」




