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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
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山狩り③

 このところお参りに来る人がいなかったようだ。だが、花瓶の横には線香に香炉、ライターが置かれている。置いたのは入田さんか、芦刈さんか。信心深さが伺い知れた。

「お地蔵さんだけに、お参りに来る人がいなくて、参っているかもしれないな」

 隈井さんが立ち止まって手を合わせた。僕も真似をする形になった。服部由紀さんが一刻も早く見つかるようにと祈った。

――あれ、あれ?

 と広大君が声を上げ始めた。また何か見つけたのだ。

 どうしたんだい?

――良いことを思いついちゃった。ほら、例の暗号。あれが頭に浮かんだ。宗家のお宝の在り処を記した暗号のことだよ。

 暗号? 確か・・・無欲で謙虚な人間だけが宝を見つけることができるとかいうやつだ。

――有欲不見、無欲即見、頭高不顕、身低即顕だったかな。それだ。この台座、よく見ると石板を組み合わせて造ってある。ひょっとして、中に空洞があるのかもしれない。

 空洞がある? 僕は隈井さんの隣で身を屈めた。

「どうした?」

「なんか、ひらめいちゃったかもしれません」

 僕は地蔵の足元の台座の石板を押したり引いたりしてみた。正面の石版が微かだが動いたような気がした。

「これを使ってみろ」隈井さんは僕の意図に気が付いたようで、細長くて丈夫そうな枝を拾ってきて渡してくれた。石板の隙間に枝を差し込んで、梃の原理で力をこめた。

「動きます。もう少しです」

 石板がずりずりっと音を立てた。

「開いた~!」

 石板が観音開きの扉のように開いた。

 僕は地面に腹這いになって台座の下の空洞を覗き込んだ。中に箱が納められている。手を突っ込んで箱を引っ張り出した。

 茶色に変色した細長い桐箱だった。

 桐箱を持って立ち上がった。土を払って桐箱を台座に置く。桐箱には達者な筆遣いで何か書かれていた。掠れて読めない。隈井さんが覗き込んだ。「崇禎年製と書いてあるような気がする。それに、これは徳利と書いてあるんじゃないか」

「隈井さん、凄いですね。読めるんですか」

「そう見えるというだけだ」と言うが、隈井さんの報告書は字が綺麗だ。子供の頃、書道をやっていたと聞いたことがある。

――きっとそうだよ。この箱の中に、宗家の宝が治められていた。例の暗号はこのお地蔵さんの台座のことを言っていたのだ。

 信心深く、お地蔵さんに頭を垂れるような人間だけが、お宝を見つけることができる。そういう意味だったのだ。

「ああ、そうだ! だから犯人が屋敷の中をいくら探しても、お宝を見つけることができなかったんだ。お宝はこんなところにあった‼」

 興奮した僕は広大君と会話をしていることを忘れていた。

「これも全てお地蔵さんのお導きだね。さあ、蓋を開けるよ。宗家のお宝とご対面だ!」

 僕は桐箱の蓋を開けた。

 桐箱の中は空だった。

「空・・・?」絶句してしまった。

 どんなお宝が飛び出すかと思っていたが、まさかの空だ。拍子抜けしてしまった。諦めきれずに、箱を手にとって、ひっくり返してみた。何もない。

「空だな」と隈井さんが冷静に言う。

「犯人が持ち去ったのでしょうか?」

「どうだろう?意外に犯人じゃないかもしれない。誰か謙虚な人間が宝を手に入れたのかもしれないな」

 隈井さんの言葉に、

――あははは。そうか。さすがは隈井さん。分かっているんだ。

 えっ⁉ 一体、何のことだい? 宝が何処にあるのか分かっているってこと? 誰? 誰が宝を持っているの?

 僕の問いかけに広大君は答えてくれなかった。


 僕らは山道を登り続けた。

 ただ、山道を登ればよいのではない。首藤医師、そして服部由紀さんを見つけなければならない。叢に潜んでいるかもしれないし、何処かに倒れているのかもしれない。付近を捜索しながら山道を登って行くとなると、時間がかかった。

 梅雨時だが、高地とあって気温は低い。それでも、捜索を続けていると、玉のような汗が噴き出して来た。それも何時も間にか、乾いてしまって、汗が出なくなった。

「熱中症に気をつけろ」隈井さんから何度も言われた。その度に、「大丈夫です」と虚勢を張った。

 隈井さんが「少し休むか」と言ってくれた時には、正直、ほっとした。僕はへたへたとその場に尻もちをついた。隈井さんは近くに岩を見つけて腰をかけると言った。「水を飲め。水分補給だ」

 僕は持参したペットボトルの水を喉に流し込んだ。それを見て隈井さんが言う。「水(・)臭いぞ。水(・)が飲みたかったのなら、み(・)ず(・)から飲めば良い。向こうみ(・)ず(・)なやつだな。み(・)ず(・)み(・)ず(・)しさを保って、山狩りをしないとな」

 僕は「水って言いたいだけじゃないですか」と言って、愛想笑いを返すのがやっとだった。

 一休みしていると、山の上から一人の消防隊員が降りてきた。細身だが、屈強な肉体をしている。うらやましい。細長い顔で目がやや鼻に寄っていた、富士型の唇から前歯がのぞいている。どうしたのだろう? 僕らの姿を見つけると、「ああ、刑事さん。良かった」と言った。

「どうしました?」

 隈井さんが立ち上がって尋ねると、彼は意外なことを言った。

「男をみつけました」

「男をみつけた⁉」

 犯人を確保したと言うのか⁉

「はい。山小屋に男が潜んでいました。逃がさないように見張りをつけています。刑事さんたちに知らせようと、山を降りてきました」

 ここから更に二百メートルほど登ると、山道が消え、高地の為に樹木が低くなっている場所がある。そこに山小屋があると言う。昔は七軒屋の住人が猟や山菜の採取で利用していたようだが、最近は使われていない。朽ち果てた山小屋に男が潜んでいた。

「男は名乗りましたか?」

「いえ、何も言いません」

「どんな男ですか?」

「がりがりに痩せた中年の男性です」

「分かりました。直ぐに向かいます。案内してもらえますか?」

 隈井さんは消防隊員にそう言うと、僕に「村に戻って応援を呼んで来てくれ。ぼちぼち係長が来ている頃だ。ああ、それに芦刈さんだ。身元を確認してもらう必要がある。芦刈さんを呼んで、待機してもらってくれ」と指示を出した。

 今日は山狩りということで、係長が出張って来ることになっていた。

 正直、助かった。これで山狩りから解放される。僕が疲労困憊なのを見て、隈井さんが助け舟を出してくれたのだ。

「隈井さん。気を付けて」

 隈井さんは消防隊員と共に山を登って行き、僕は山を降りた。

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