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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第三章「蛍の悲劇」
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山狩り②

 布団の上、そして畳の上の二箇所に、大きな血溜まりがあった。塩市拓谷と入田孝道が殺害された場所だ。血の海という言葉がぴったりだ。

――こうまで残忍になれるということは、犯人は被害者に対して並々ならぬ恨みを持っていたのだろうね。

 広大君が囁く。

 凄惨な遺体は既に運び出されてしまっていたが、この血の海に切り刻まれた遺体が横たわっていたことを思うと、背筋に悪寒が走った。首藤医師は生きているのだろうか?

――車を置いて逃げたとは思えないね。あの日、首藤医師はここに入田孝道の診察に来た。そこで、犯人と鉢合わせになった。いや。もしかしたら・・・

 もしかしたら、何だい?

――犯人は首藤医師が診察に現れることを知っていたのかもしれない。犯人は首藤医師が入田家に診察に現れることを知っていて、ここで待ち伏せした。

 待ち伏せ? すると、やはり犯人の狙いは首藤医師だったということかい?

 ふと視線に気が付いた。隈井さんが僕を見ていた。広大君との会話に夢中になってしまっていた。考えていることを口に出してしまっていたかもしれない。

 広大君が言った言葉を思い出した。

――あれは隈井さんからのサインだ。全てを打ち明けてみな。きっと悪いようにはしないさ。

 だけど、僕にはその勇気がなかった。僕は慌てて隈井さんの視線から目を逸らすことしかできなかった。

 僕らは入田家の捜索を終えて家を出た。

 何の収穫もなかった。少し、屋敷の周りを見て回ろうということになって、屋敷内にある畑を見て回った。結構、広々としている。家庭菜園程度の小ぢんまりとした畑だが、平地の少ない七軒屋では贅沢な広さと言えた。

 手入れが行き届いている。一人だと、手入れが大変だったことだろう。僕らは畑を端から端まで歩き回った。

 畑から山肌に張り付いたように広がる七軒屋を見下ろすことができる。暫し、我を忘れて景色に見入った。

――昴君。あそこ。ほら、あそこに!

 突然、広大君が叫んだ。何か見つけたようだ。

「どこだい?」思わず声が出る。

 隈井さんの視線が気になるが、何時も沈着冷静な広大君の興奮した様子に、つい声を上げてしまった。

――ほら、あそこ。

 と言われても広大君はあたまの中で囁きかけるだけだ。あそこがどっちなのか分からない。

「あそこって言われても分からないよ」

――ああ~もう!じれったいな。ほら、あそこ。木の傍で、雑草が薄くなっているところがあるだろう。あれ、きっと桜の木だ。桜はね。綺麗だけと葉っぱに毒があるんだ。雨が降ると毒をまき散らすから、桜の根本には雑草が育ちにくい。桜の木の右側、よく見ると、雑草が一部、なぎ倒されている。

 入田家は崖淵に建っている。崖に面した側は雑草や樹木が生い茂り、林になっていた。谷底から吹き上がってくる山風を防ぎ、転落を防止する壁の役割を担っているのだ。

 その雑草の一部がなぎ倒されていると言う。

「雑草がなぎ倒されている⁉」

――よく見ないと分からないよ。大型の野生動物が通ったのでなければ、何か大きなものを引きずった時についた跡だ。

 と広大君は言うけど、そんな跡は見えない。広大君の言う辺りに近づいて、地面を確かめると、確かに雑草が折れているのが分かった。もっとよく見ようとしゃがみ込んで、僕は顔色を変えた。

 地面が黒く変色していたのだ。

「隈井さん! ちょっと、ちょっと見てもらって、良いですか‼」

 僕は叫んでいた。よく見ると、雑草の葉や枝、傍の木の幹に黒々とした染みのようなものがついていた。

「ここです! ここを見て下さい。変色して黒くなっていますが、血痕のように見えます。ほら、ここにも、あそこにも。血痕だとしたら、かなりの量です」

 隈井さんが駆けつけて来てくれた。しゃがみ込んで、雑草をかき分け、人差し指で軽く地面に広がる黒い染みをなぞった。そして、目の前で親指と人差し指こすり合わせると、「血痕のようだ」と僕を振り仰いで言った。

「ここに血痕があると言うことは、どういう意味なのでしょう?」

「屋敷で襲われた塩市拓谷や入田孝道の血痕だとは思えないな。だとしたら、他に血痕があるはずだ。誰かがここで襲われた――ということだろうな。屋敷からここまで逃げ来て、草むらに隠れていたところを襲われた。背後は崖だ。ここで襲われたら逃げ場がない」

「誰かと言うと?」

「首藤医師かもしれない。首藤医師は入田家で犯人に待ち伏せされた可能性がある。屋敷で犯人に襲われ、命からがら逃げ出した――そう仮定すると、何処に逃げる?診療所に向かって逃げるのが一番、良い。だが、部屋を横切って玄関から逃げ出すには障害物が多過ぎる。直ぐに犯人に追いつかれてしまう。縁側から庭に逃げ出した方が早い。庭に逃げ出したは良いが袋の鼠だ。だから藪に潜んだ」

 はるほど。さすがは隈井さん。

「無論、首藤医師以外の人物の可能性だってあるし、人血ではないかもしれない。鑑識に調べてもらおう。それに、ここで襲われたのだとすると、ガイシャは崖から転落した可能性がある。崖下をAチームに集中的に捜索してもらう必要があるな」

 崖はほぼ垂直だ。ここから転落すると、命はないだろう。遺体を捜すのが大変そうだ。


 山狩りに備えて待機してもらっていた鑑識官が駆けつけてくれた。僕の見つけた黒い染みが血痕であること、そして人血であることはすぐに分かった。

 僕らはいったん、入田家を離れ、Bチームの後を追うことにした。

――おや、地蔵さんだ。

 広大君が言う。地蔵が何だというのだ、と思ったが、今日の広大君は冴えている。また血痕でも見つけるかもしれない。

 入田家の入り口まで、車が通ることができる道路が続いていが、そこから先は山道が細くなる。やがて舗装も途切れ、地を這うように山道が山奥へ続いている。

 村外れの山道の分岐点には、地蔵が据えられていることが多い。入田家から山へと分け入る分岐点にも地蔵が鎮座していた。

 地蔵は雨露を凌ぐことができるように小屋で囲われていた。石造りの台座には供え物を置くことができるようになっていた。台座の上に細い花瓶が置かれ、中に萎れて原型の分からなくなった花が生けられていた。

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