山狩り①
「昴君。最近、全然、連絡くれないけど、元気でやっているの?」
支度を終えて出かけようとしているところに電話があった。また母だ。まったく、何時も間の悪い時に電話をかけてくる。
「今から出かけるところなんだ。知っているだろう?今、忙しいんだよ」
「七軒屋の事件ね。どうなの? 片付きそう?」
「詳しいことは話せないことを知っているだろう」
母だって警察官の妻だ。
「頑張り過ぎないでね」
「そうは行かないよ。初めて大事件だ。毎日がそれこそあっという間に過ぎて行くんだ」
「張り切っているのね。でもね、例えあなたが出来なくったって、周りにいっぱい経験豊富な先輩がいるんだから、任せちゃって大丈夫だからね。良い。一人で抱え込まないこと」
「そんなこと、言われなくても分かっているよ。じゃあね。もう出かけるから」
そう言って電話を切った。僕だって頑張りたい。僕にだって出来るってことを証明したい。
――大丈夫さ。君にだって出来るよ。
広大君はいつも僕の味方だ。
相変わらず心配性で困るよ。
――君が心配をかけるからさ。
でも、昨日の隈井さんの告白、強烈だったね。
――そうだね。昴君、何故、隈井さんがあんな告白をしたのか分かる?
えっ⁉ どういうこと? たまたま僕が美緒さんを案内したからだろう。
――馬鹿だなあ~昴君は。
君までそんなこと言うのかい? 分かっているのなら教えてよ。
――隈井さんはね。昴君から相談が来るのを待っているのさ。待って、待って、それでも何も言って来ない。だから、ああして自分の秘密を敢えて君に打ち明けたのさ。恥を忍んでね。ほら、こうして素直になれば良いのさって、身をもって示したんだ。俺は待っているよ。君が秘密を打ち明けてくれるのを。そう言いたいんだよ。
僕の秘密?
――僕と昴君のことさ。
僕と広大君のこと? それは・・・そんなことを誰かに言えば、僕は周囲から白い目で見られてしまう。頭のおかしな人間だと思われてしまう。隈井さんだって、そう思うかもしれない。今の関係が壊れてしまうのは嫌だ。いや、それだけでは済まない。情緒不安定を理由に警察官の職を免じられてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。今まで何に対しても執着を感じたことなどなかったが、今、僕はもう少し刑事でいたい。
――僕は、あれは隈井さんからのサインだったと思う。だったら全てを打ち明けて大丈夫のはずだ。隈井さんを信じてあげなよ。きっと悪いようにはしないさ。
広大君はそう言うが、親にさえ打ち明けたことのない秘密だ。そんな秘密を誰かに打ち明けるなんて、僕にそんな勇気などない。
七軒屋で山狩りが行われることになった。
警察に消防、それに七軒屋に程近い麓村の青年団により山狩り部隊が組織された。行方不明の首藤医師と服部由紀さんを捜索するためだ。
診療所を拠点に部隊を二つに分けて山狩りが行われる。七軒屋を孤立させている谷を底まで下り、谷底を捜索するAチームと入田家から山道を進み山奥を捜索するBチームに分けられた。
山狩りがスタートした。
僕と隈井さんは比較的楽なBチームに配属された。急斜面を下って、谷底を進むAチームには危険が伴う。経験豊富な人たちに任せた方が良い。
山狩りのAチームには三苫巡査部長が含まれていた。
「三苫巡査部長はAチームですね。ご苦労様です」と声をかけると、「ああ、嶽刑事」と満面の笑顔を向けた。そして、近づいてくると顔を寄せて、人差し指でずり落ちてきた眼鏡を上げながら言った。「あれからずっと考えていたんですけどね」
「何を考えていたのです?」
「今回の事件の犯人。クマゼコじゃありませんよ」
何を言うのかと思ったら、そんなことを考えていたのだ。
「僕もクマゼコじゃないと思っています」と傷跡が五つあることが不自然だという話をした。
「ああ~なるほど。そうか、そうですね。確かに傷跡が五つあるってことは、六本爪だったということになって、クマゼコじゃなくなってしまいますね」
三苫巡査部長は「なるほど、なるほど」と何度も頷いてくれた。
「三苫巡査部長は何故、クマゼコの仕業ではないと思ったのですか?」
「ああ。ほら、クマゼコは子供しか襲わないでしょう。今回の被害者はみな、大人です。だから、クマゼコが犯人じゃないと思いました」
「はあ~」と僕が感心した時、「Aチームは出発します~!」と号令がかかった。
「あっ、行かなきゃあ。じゃあ、これで。嶽刑事、頑張ってくださいね」と三苫巡査部長は大きく手を振りながら駆けて行った。
――面白い人だね。
憎めない人だ。
Bチームも出発することになった。
診療所から村の幹道と言える農道を登ってゆくと、入田家の門前に行き着く。ここが村の外れだ。かつては宗家と呼ばれた村の支配者の家だ。村を一望できる抜群の眺望だ。
「壱の屋をもう少し詳しく調べてみよう。何か見落としがあるかもしれない」
「はい」僕らはBチームから離れ、入田家を調べなおすことにした。
「お邪魔します」入田家に入る。
梅雨時とあって、部屋の中は蒸し暑かった。土間から続く広い応接間に足を踏み入れる。畳の上に物が散乱している。畳がはがされ、床板が破壊されている箇所がある。壁に幾つも穴が空いていた。
まるで、クマゼコが暴れまわった跡だ。
応接間を抜け、襖を開けると居間だ。どの部屋も嵐が過ぎ去った後のように、物が散乱している。足の踏み場に困った。宗家の宝を探し回ったのだ。そう確信できた。
――恐らく宗家の宝は見つからなかったんだ。だから、こんなに狂ったように家中、破壊しまくった。
犯人はまだ宗家の宝を手に入れていないということか。
特に変わったところは見られない。前に来た時のままだ。襖を開いて部屋を抜けて行く。最後に犯行現場の寝室がある。深呼吸をする。
襖を開くと、むっと血の臭いが押し寄せて来た。部屋の中央に布団が敷かれており、掛け布団が跳ね飛ばされたかのように裏返って部屋の片隅に転がっていた。敷布団の上で誰かが走り回ったように見える。そして、山守診療所と同じように、そこらじゅうに血が飛び散っていた。




