抹殺された証人③
橋内さんは、宗家の先代は突然、身罷ったとしか言っていなかった。
「先代はな、晴美さんに殺されたのよ」
――えっ!
僕らは驚きの声を上げた。広大君も流石に驚いたようだ。
「拓谷さんが生まれた頃から、宗家の暮らし向きが悪くなった。そうすると、先代、宗谷さんの暴力が始まった。宗家の暴力に耐えかねて、晴美さんは実家だった入田家に何度も逃げ帰った。それで当時、入田家の主となったばかりだった孝道さんとただならぬ仲にもなってしまった。あんたの言うような無理矢理な関係ではなかった。
戸籍上、晴美さんと孝道さんは兄妹だが血の繋がりはない。孝道さんは入田家にいる頃から見目麗しい晴美さんに懸想していたのかもしれない。あの頃、孝道には奥さんがいたが、晴美さんが自分を頼って実家に戻って来るようになると、流されるように関係を持った。晴美さんにも打算があった。宗家に対抗するには壱の屋しかいない。孝道さんを味方に引き入れておく必要があった」
監禁、強姦などという事実はなかった。双方合意の上での不倫関係だった。
「酔いが覚めれば、宗谷さんは何時もの優しい夫に戻った。そして、入田家に晴美さんを迎えに来た。壱の屋に居場所などない。晴美さんは宗谷さんの迎えを受けると、いそいそと宗家に戻って行った。こうして宗家と壱の屋の関係は微妙なバランスの上で成り立っていた。そして、そのバランスが崩れる時が来た」
僕らは芦刈さんの話に聞き入った。
「宗家は、ついに我が子へ魔の手を伸ばした。酔って赤子に手を上げたのだ。晴美さんは赤子を抱えて、屋敷中、逃げ回った。だが、誰も宗家を止めることなど出来ない。晴美さんは逃げ回るうちに、追い詰められてしまった。そして、傍にあった鉄瓶で宗家の頭を殴りつけた。宗家が動かなくなるまで、何度も何度も、鉄瓶で殴りつけた」
淡々と話す芦刈さんの口調が、却って不気味に聞こえた。
「宗谷を殺した晴美さんは、孝道さんに助けを求めた。駆け込んできた晴美さんから話を聞いた孝道さんは、直ぐに宗家に取って返した。そして、宗家の無残な遺体を見て肝を潰した。とにもかくにも先ずは医者だと首藤先生を呼びに行った。たまたま順さんが診療所にいた。順さんは首藤先生と一緒に宗家に駆け付けた。だが、宗家は事切れた後だった」
我が子を守る為だったのだろう。だが、晴美さんが宗谷を殺害した。
「見逃して欲しいと晴美さんは三人に頼んだ。宗家が晴美さんや赤子に暴力をふるっていたことは三人共、薄々、気が付いていた。宗家の将来を考えると、このまま事件を闇に葬ってしまった方が良いかもしれない。晴美さんが刑務所に入ると、赤子の面倒は誰が見るのか。三人は迷った。三人の迷いを見て取った晴美さんは、先ず、首藤先生を誘惑した。意志の弱い首藤先生は晴美さんの誘惑に負け、肉体関係を結ぶと協力を約束した。医師が協力すれば死亡診断書を偽装することなど訳はない。
次は孝道さんだ。孝道さんとは既に深い関係にある。色仕掛けは通用しない。そこで宗家が所有する家屋敷と田畑の権利を譲ると申し出た。孝道さんは大いに心を動かした。そして、沈黙の代償として、孝道さんは宗家の屋敷と畑を手に入れた。
最後に順さんだ。順さんは一本気な男だ。色仕掛けなど通用しない。田畑で買収しようたって、そんな誘いには乗らない。人殺しを隠蔽することなんて出来ないと孝道さんや首藤先生を責めた。順さんに責められて、孝道さんや首藤先生も迷い始めた。冷静になって考えると、殺人の共犯だ。犯罪の片棒を担いでしまっている。怖くなった。それで、やっぱり警察に届けようかという話になった。それを察した晴美さんは、有り金をかき集め、預金通帳や印鑑を持つと、ボンを連れて村から逐電した」
屋敷や田畑を手放し、体まで提供したのに裏切られたと晴美さんは三人を逆恨みしたのだ。
「これが順さんから聞いた宗家の死にまつわる事件の真相だ」
芦刈さん僕らの顔をゆっくりと見回した。
「今のお話だと入田孝道さん、首藤医師、それに服部順治さんは塩市晴美さんを弄んだ卑劣な男たちではなく、事件に巻き込まれた被害者のように見えます」
「そうだ。順さんが人を傷つけるようなことをする訳がない」
――橋内豊の話を聞いた時、塩市晴美が命辛々、村を抜け出したにしては、預金通帳や印鑑をちゃっかり持ち出していたことが引っ掛った。やはり、そんな事情があったんだ。塩市晴美が橋内豊と籍を入れようとしなかった理由が分かったよ。三人が晴美さんを探していたからではなく、もし三人が事件のことを警察に通報していたら、居場所が知れて、警察に捕まることが怖かったからだ。だから、怖くて籍を入れられなかった。
広大君の言う通りだ。
「三人は結局、警察に通報しなかったのですね?」これは隈井さんだ。
「ああ、首藤先生が病死として死亡診断書を書き、宗家の亡骸は村の墓地に埋葬された。宗家が亡くなってから、時間が経ちすぎていた。だから、今更、警察に届け出たりすると、医師免許を無くしてしまう。そう首藤先生が二人に泣きついたことが警察に通報しなかった原因のひとつだ。そして、宗家の屋敷や畑を引き継いだ孝道さんが七軒屋の新しい主になった。孝道さんの母親は塩市家の出身だ。血縁的に孝道さんが一番、宗家に近いことになる。晴美さんが村を捨て、孝道さんが宗家に代わって村の主となったことに村の者は誰も反対はしなかった。そして、そのことを詮索するものなどいなかった」
こうして事件は闇に葬られた。
――今となっては塩市宗谷が殺害されたことを証明することなんて出来ないだろうね。証人は全て殺されてしまった。
広大君が嘆息する。僕は広大君が言った証人は全て殺されてしまったという言葉が気になった。もし、それが、全ての証人を抹殺することが犯人の目的だったとしたら・・・




