抹殺された証人②
「分かれたり、引っ付いたりを繰り返しながら、十年くらい一緒にいたんじゃないか。あれで首藤先生は女癖が悪くてな。中津市内のバーの女に手を出したりして、喧嘩が絶えなかった。まあ、それでも夫婦のように暮らしていた。戸籍が綺麗だったのなら、籍は入れていないんだな。それで、ある日突然、今度は相手の女性が急死した」
「死んだ⁉」
「村では、また首藤医師が毒殺したと噂になった」
「そういう記録も残っていませんね」
「単なる噂だ。首藤先生は医者だから、毒薬が簡単に手に入ると考えた村人が流した噂だ。あれは、そこまでの悪人じゃない」
「人が死ぬ度に首藤医師が毒殺したと噂になった訳ですね」
隈井さんが同情気味に呟いた。
――どうだろうね。こんな人里離れた寒村で、医師にこっそり毒薬を使われると、分からないんじゃないかな。噂になるほど、胡散臭い人物だったということだ。
広大君が無責任に言う。
「後家が亡くなってから、首藤先生はひどく落ち込んだ様子だった。一時期、痩せこけてしまっていた。その姿を見ている内に、毒殺の噂はなくなった。だが、今度は投薬ミスだったんじゃないかと噂になった」
「投薬ミス?」
「亡くなる直前まで、後家さんはぴんぴんしていたからな。体調が優れないと言うので首藤先生が薬を処方したところ、薬を飲んだ後家が突然、苦しみ始めて、そのまま亡くなった」
「疑い出すとキリがなさそうですね。それで、首藤医師とその女性との間に、子供はいなかったのですか?」
「いないね。わしは天涯孤独だ。老後の面倒は村で見てもらうと、よく言っていた」
芦刈さんがそう答えた時、ふいに広大君が言った。
――事件当日の午前中、入田孝道の家で、塩市拓谷と入田孝道が殺害された。犯人は二人を殺害した後、診療所に向かった。その時、芦刈喜則は畑にいた。入田孝道の家から診療所までは一本道だ。畑にいたのなら、芦刈喜則が犯人の姿を見ているはずだ。昴君、芦刈喜則に犯人の姿を見ていないか聞いてみてよ。
おいおい。捜査に口を出すのか。隈井さんを差し置いて尋問なんかできないよ。それに芦刈さんは入田家に行く首藤医師の姿は見ているが、帰って来る姿は見ていないと証言していた。確認の必要ないよと思ったが、さんざん人のアイデアを無断活用しておいて、虫の良いことを言うな。勇気を出せ!と言われてしまうと拒絶できなかった。
「芦刈さん。ひとつ、教えてください。事件があった日――」と隈井さんと芦刈さんの会話が途切れた隙を縫って、広大君の疑問をぶつけた。
「そうだな~四六時中、道を監視していた訳じゃないから、はっきりとは言えないけど、診療所に戻って来る首藤先生の姿は見ていない。まあ、畑仕事に夢中で、気が付かなかっただけかもしれん。最も、崖縁を歩けば、あちら側は林になっているから、誰にも見られずに入田家から診療所に来ることができる」
――ほう。そんなルートがあったんだ⁉
隈井さんと広大君が同時にほぼ同じ意味のことを言った。
――犯人は芦刈さんが畑にいることを知って、見つからないように崖縁を歩いた。やはり犯人は村のことに精通している人物だ。
姿を消した首藤医師が犯人なのだろうか?
――昴君。もうひとつ芦刈喜則に聞いてくれ。容疑者リストから、誰が犯人なのか考察すると、クマゼコと芦刈喜則以外、外部の人間ということになる。ここはかなりの秘境だから、当然、交通手段が必要となる。診療所くらいしか、車を停める場所がない。不審な車を見ていないか聞いてみれくれ。
それは構わないが、芦刈さんのことを呼び捨てにするなよと広大君に釘を刺してから、芦刈さんに確認してみた。
「不審な車?」芦刈さんは少し考えてから、「見ていないなあ~」と答えた。
――外部から人が来た形跡がない? もう少し、詳しく調べた方が良いな。
と広大君が言うので、「そうですか。不審車の目撃情報はありませんでしたか。もう少し、範囲を広げて調べた方が良いかもしれませんね」と口走ってしまった。すると、「その方が良い」と隈井さんが同意してくれた。
嫌味のひとつでも言うのかと思ったが、広大君は、
――昴君。悪いけどもうひとつ。芦刈さんに、塩市晴美のことを確認してくれ。例の事件、男どもの鬼畜の所業が事実なのかどうか確認してくれ。
と頼んできた。
「そう言えば入田家はかつての宗家の屋敷だったとお聞きしましたが」
芦刈さんに尋ねる。
「確かに、あの屋敷はかつての七軒屋の宗家、塩市家の屋敷だった」
「塩市晴美さんをめぐって、入田孝道さん、服部順治さん、そして首藤医師の間で激しい確執があったと聞いたのですが、本当でしょうか?」
隈井さんから何か言われるかと思ったが、黙って僕の尋問を聞いていてくれていた。
「確執⁉あんた、一体、何を知っているんだ?」
「塩市晴美さんは夫、宗谷氏を失った後、入田孝道さん、服部順治さん、首藤医師の三人になぶりものにされた。塩市家の屋敷や畑は分け取りにされ、三人は一人息子の拓谷さんまで亡き者にしようとした。それを察した晴美さんは、三人の隙を付いて拓谷さんを連れて命辛々、七軒屋から逃げ出した。そう聞きました」
僕は橋内さんから聞いた話を芦刈さんに伝えた。
「誰がそんなことを・・・」芦刈さんが絶句する。何か迷っている風だった。芦刈さんが口を開くのを辛抱強く待った。
「あんた、そんなことを聞いてどうする?昔の話じゃ」
「芦刈さん。晴美さんのことが、今回の事件に繋がっているのかもしれません」
芦刈さんは「ふむ」と腕組みをすると、僕の顔をじろりと見て言った。「分かった。宗家の晴美さんが七軒屋を出た頃、わしは小倉で働いておった。だから、詳しいことは知らん。村のもんは誰も、当時のことを話したがらなかった。うちの親父もそうだった。当時のことを知ったのは、随分と後のことだ。順さんが酔った勢いで教えてくれた。誰にも言わんと約束させられた。でもな、順さんの名誉を守るためだ。本当のことを話した方が良さそうだ。わしが順さんから聞いた話は、あんたの話と随分、違っている。あんたの話には、宗家の先代が何故、死んだのか、肝心な部分が抜けている」




