抹殺された証人①
隈井さんの身の上相談に乗ることなんて、僕にできっこない。
「係長、どんな話だったのですか?」
隈井さんは我に返った様子でバツの悪そうな表情を浮かべると「首藤医師の件だ。県警を通して小倉北署に調べてもらった捜査状況の連絡があった」
「何か出ましたか?」
「色々、問題の多い人物だったようだ」
「前科でもあったのですか?」
「いや、前科は無かった。だが、きな臭い噂があった。首藤医師が山守診療所にやって来たのは、今から三十年以上前の話だ。どういう理由で山守診療所に赴任したのか、突き止めることはできなかったが、山守診療所に来るまで、小倉の病院に勤務していた。小倉北署で当時を知る人間を探し出して話を聞いてくれた。ある人は製薬会社との癒着が原因で、僻村の医師として飛ばされたと言い、またある人は看護婦への不正行為、まあ、今でいうセクハラが原因で左遷されたと言っていた」
「どちらが山守診療所に来た原因だったのでしょうか?」
「さあな。或いはその両方が原因であったのかもしれない。いずれにしろ、首藤医師は小倉の病院で問題を起こし、居づらくなって七軒屋にやって来た。そう考えて間違いないだろう。被害届が出されていれば記録に残っていたに違いないが、残念ながらなかった。首藤医師本人は知人に、二、三年、辛抱したら、また小倉に戻ってくると言っていたそうだ。ところが、戻らなかった」
「何故でしょう?」
「分からない。七軒屋が気に入ってしまったのか、小倉復帰の道が絶たれてしまったのか、七軒屋に腰を落ち着けてしまった。まあ、前者だろうな。実際、首藤医師本人から何度も山守診療所での勤務の延長を医師会に願い出ている」
「自分の意志で七軒屋に居続けたということですね」
「恐らくな。まあ、小倉復帰の道が絶たれ、止む無く七軒屋勤務を願い出たのかもしれない。いずれにしろ、小倉の病院で問題を起こした首藤医師を七軒屋に追いやって、トカゲの尻尾斬りよろしく、問題を闇に葬った。それが、首藤医師が七軒屋にやって来た事情だと考えて間違いないだろう」
「首藤医師にご家族はいらっしゃらなかったのでしょうか?」
「戸籍上、生涯独身で天涯孤独の身だった。小倉時代の女性関係については不明だ。係長から七軒屋に移ってからの首藤医師の女性関係について調べておくように言われた。これから芦刈氏に会って話を聞く。それに山狩りだ。行方不明の首藤医師、それに服部由紀さんの捜索のため山狩りが行われることになった」
「山狩りですか⁉」僕はドキドキした。
何故か、山狩りという言葉に緊張してしまう。「服部由紀さん、息子さんのところにはいなかったのでしょうか?」
「こちらも県警に頼んで博多で働いている服部順一郎を探し出してもらって連絡を取ったところ、最近、母親とは会っていないし、七軒屋にも行っていないと言う返事だったそうだ」
「そうですか・・・」由紀さんは何処にいったのだろう?
僕らは七軒屋へと急いだ。
七軒屋に到着したのが、午後遅くになってしまった。芦刈さんは畑仕事を終えており、自宅にいた。
「精が出るのお~刑事さん。由紀さんは見つかったか?順一郎君のところにいたのか?」
芦刈さんの第一声だ。服部由紀さんのことが気がかりらしい。
「いえ。息子さんのところにはいませんでした」
「すると、お山に入ったか・・・まさか、クマゼコに襲われたんじゃあ・・・」
隈井さんが芦刈さんの心配を打ち消すかのように言う。「首藤医師も姿を消したままです。山に逃げ込んだのかもしれません。今、山狩りを手配しています。山に分け入ったのなら、見つけることができるでしょう」
「おう、そうか。山狩りか。わしも手伝う」
「山狩りには危険が伴います。捜索する側の人間が遭難してしまうなんてこともあり得るのです。自宅で待機していてください」
捜索に参加していた人間が遭難する二次遭難も珍しくない。芦刈さんは高齢だ。隈井さんの心配は理解できた。だが、芦刈さんは憮然として表情で言った。「年寄扱いするな。わし以上、山のことに詳しい人間なんておりゃあせん。山狩りに参加させんと言うなら、わし一人でも勝手に探すまでのことよ」
――元気な爺さんだ。
おや、このところ大人しかった広大君がお目覚めのようだ。
「そうですか。では、くれぐれも関係者の指示に従って勝手な行動をしないようお願いします」
――どうやら隈井さん。芦刈さんが反発することを期待して言っていただけみたいだね。山に詳しい芦刈さんは貴重な戦力だから。自発的に参加したことにしておかないと、後々、問題となった時に大変だ。
随分、穿った見方だ。隈井さんはそこまで人が悪くない。
「ところで芦刈さん。今日は首藤医師の人間関係についてお聞きしたいのです。戸籍上、首藤医師に妻子はいなかった。親しく付き合っていた女性はいなかったのでしょうか?」
いよいよ本題だ。
「首藤先生の女性関係?最近は年のせいで大人しくなっていたが、昔は色々、あったな。ここも、今より随分と人が多かったからな。狭い村だ。噂になるのは一瞬だ」
「村で深い仲になった女性がいたのですね?」
「参の屋の分家だったかな。夫を亡くした後家さんと深い仲になったことがある。後家さんの家に通う首藤先生の姿を見たという村人がいて、旦那の葬式から日が浅かったこともあって、後家さん目当てに旦那を毒殺したのではないかと噂になった」
「旦那さんを毒殺して奥さんを手に入れたということですか?」
「あくまで噂よ」
「まあ、そうでしょうね。そんなことがあれば、我々の記録にちゃんと残っているはずです。ここで人が毒殺されたと言う事件記録はありません。それで二人はどうなったのですか?」




