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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第二章「宗家の宝」
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蛍と貫之②

「蛍が同喜に連れ去られたことを知った貫之は、力づくで蛍を奪い返さん! と、抜き身を引っさげて黒枝家に乗り込んだ。蛍は助けに来てくれるのを待っているに違いない。貫之はそう信じた。

 抜き身を下げて現れた貫之を見て、黒枝家は武士の面子にかけて蛍を引き渡す訳には行かんと追い返そうとした。蛍は村の寄り合いで黒枝家の嫁と決まった。横恋慕は貫之の方だ。正当性は黒枝家にある。どうしても欲しいのなら力づくで奪い返せ、それが武士の習いよと黒枝家の家人は刀を抜いて貫之の前に立ちふさがった。多勢に無勢だ。貫之に勝ち目はない。だが、貫之は臆しなかった。無謀にも黒枝家の家人に襲いかかった」

 幹江さんは両手を動かして、斬り合いの様子を再現して見せてくれた。

「無数の手傷を負いながら、貫之は気力を振り絞って戦い続けた。一人、二人と黒枝家の家人を斬り伏せ、ついに蛍を幽閉する奥の居間にたどり着いた。襖を開くと、同喜が立っていた。貫之の前に仁王立ちになる。同喜の後ろには蛍の姿が見える。蛍――! 貫之様!!お互いの名前を呼び合う声が黒枝家に響いた」

 蛍と貫之はどうなってしまうのか⁉

「同喜が振り下ろす剣先を交わして、貫之は蛍に駆け寄った。抱き合う二人。だが、その隙を同喜は見逃さなかった。無情にも、貫之の背を同喜の太刀が一閃した。貫之は蛍を抱きしめたまま、背中を袈裟懸けに斬り下ろされ、どうと崩れ落ちた。蛍が崩れ落ちる貫之の体を抱きとめる。とどめを刺そうと、同喜が貫之に近づいた。蛍は貫之の脇差を抜いて同喜に刃を向けた。

 近寄れば刺します!蛍が叫ぶ。蛍に抱きかかえられたまま、貫之は血の泡を吹いた。やがて、ほ・た・る・・・と呼ぶと息絶えた。貫之は蛍の腕の中で重さを増して行った。この世で一緒になれなければ、あの世で一緒になろう!そう誓い合った仲だ。蛍は同喜に向けた刃を自分に向けると、貫之様――!と叫び、喉元に突き立てた」

 やはり待っていたのは悲しい結末だった。

「こうして、加志崎の蛍と参の屋の貫之はこの世では一緒になれなかった。加志崎はうちの本家筋だ。子供の頃はよく蛍姫の悲しい恋物語を聞かされたものだ。何の因果か黒枝の家に嫁いで来て、同喜も我が家の先祖となった。村の年寄は誠に詮無きことをしたものだ。同喜も村の年寄に踊らされただけかもしれない。加志崎の家も参の屋も、いまはないが、二人の悲しい話はこうして村の語り草になっている」幹江さんは長い話を終えた。

 最初は、老婆の世迷言と聞き流していたが、聞いている内に引き込まれた。隈井さんも同様のようだ。

「七軒屋版のロミオとジュリエットですね」

 思わず感想が口を吐いて出た。

 隈井さんは無言で腕を組んでいる。話に感動したのか、はたまた時間の無駄だったと思っているのか、端正な横顔から伺い知ることはできなかった。

「加志崎は馬廻り、田口は参の屋。所詮は身分違いの恋だった。宗家絶えなば、壱の屋が継ぎ、壱の屋絶えなば、弐の屋が継ぐ。弐の屋絶えなば、参の屋が継ぎ、参の屋絶えなば分け取りにせよ。そういう掟があるくらいだ」

――面白いね。足利将軍家にも、御所が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐと言うのがあったそうだ。きっとそれを真似たんだろう。

 日中はおとなしくしている広大君がそう漏らした。きっと蛍と貫之の悲恋話を聞いて、感じるところがあったのだろう。

 恋物語の後は、亡き夫、黒枝裕紀さんと一人息子の大紀君の話になった。突然の来訪者は一人暮らしの老婆の格好の話し相手になったようだ。

「わしは爺さんのことがあまり好きではなかった」

 幹江さんはそう言うと歯のない口を開けて「ひっひっひ」と笑った。七軒屋では血の濃い薄いが婚姻の目安となり、若者たちの婚姻は、村の年寄りが寄り集まって決めた。幹江さんはそうやって配偶者を決められた最後の世代だった。

 旦那さんのことは当然、子供の頃から知っていた。年頃になり、親から結婚相手が黒枝裕紀さんだと聞かされた時、正直、嫌だと思ったそうだ。

「爺さんは大人しいだけの男で頼りなく感じた。村の年寄りの決定に、絶対的な力なんてなくなっていた時代だ。結婚が嫌なら、村を出て自分で結婚相手を探せば良かった。だけど、親を置いて村を出て行くなんて出来なかった。学校の成績も平凡なら、容姿も普通、そんなわしには村を出て行く勇気がなかった。親を置いて村を出て行けないと自分に言い聞かせて、結婚を承諾した」

「それでも、一緒に暮らせば情が移ると言いますからね」と言うと、幹江さんは「うんにゃ」と首を振ってから、「爺さんは結婚前に思った通りの人だった」と断言した。

「優しいだけが取り柄の男だった。やがて大紀が生まれた」

 平穏で平凡な毎日が黒枝家の上をゆっくりと流れていったのだろう。

「大紀は長じると田舎暮らしを嫌がって都会に働きに出た。都会への憧れが強かった子だった。職を変えながら町から町へと移り住み、最後には東京に出て働き始めた。あの頃が大紀の短い生涯の絶頂期だったかもしれん。お袋、今度は東京で働く。親父とお袋もその内、遊びに来てくれ。大紀から電話でそう言われたことがある。東京なんて、そんな恐ろしいとこ、行きたくないと断ってしまった。一度くらい大紀の顔を見に東京に行っても良かった。折角、ああ言ってくれたのにと、今でも後悔している。

 大紀は休みの日に、会社で仕事をしていて、トイレの窓から飛び降りて死んだ。毎日、早朝から深夜まで働きづくめだったようだ。名の通った会社だったが、劣悪な環境で労働を強いる悪質な職場だった。仕事が遅い。田舎者は使えないと上司や先輩から罵詈雑言を浴びながら、毎日、薄氷を踏む思いで仕事を続けていた。休日出勤をして仕事をしている時に、魔がさしたのだろう。突発的な飛び降り自殺だと判断された。労災が認定され、まとまった金が会社から支払われた。大紀のお陰で、一生、食うには困らん」

 幹江さんの言葉には、深い悲しみが含まれていた。

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