姥捨て山②
芦刈さんは巧みに話題をそらしている。そう感じた。何かを知っている。
「芦刈さんが村に戻ってから、どうでした? 入田さんが宗家に取って代わった、そんな感じでしたか?」
隈井さんも芦刈さんが何か隠していることに気がついているようだ。村に戻ってからのことなら、知らぬ存ぜぬでは通らない。
「孝道さんは宗家の財産を手に入れ、金回りが良くなってから、生活が一変した。町に繰り出して遊び回るようになった。そして、化粧の派手な若い女をどこからか連れて来た。あろうことか、糟糠の妻と生まれたばかりの娘を追い出して、若い女を家に迎え入れてしまった。流石に、やり過ぎだ。以来、村人は入田と距離を置くようになった」
「奥さんとはどうなったのですか?」
「すったもんだの挙句に離婚が成立したようだ。孝道は晴れて若い女と再婚したよ。それが由香里さんだ。二人が再婚した頃から、七軒屋の過疎化が急激に進んでな。入田家は畑を耕作するための人手を確保できなくなった。折角、宗家から奪った畑を持て余すようになった。孝道さんは困窮した。貴重な畑を持っていても、働き手を確保できなければ宝の持ち腐れだ。困った孝道さんは放蕩を止め、自ら鍬を手に畑に出る様になった。由香里さんは意外に堅実な女性でな。派手な化粧を落とすと、孝道さんと一緒に畑に立った」
「その由香里さんが先日、亡くなったという入田孝道さんの奥さんでしたね?」
「うん」と芦刈さんは頷くと、「村で嫌われ者になっていた孝道さんだが、ある日、大型で勢力の強い台風が直撃してな」と思い出を語り始めた。
「あの日は朝からバケツをひっくり返したような大雨が降り注いでいた。ここは高地だから、洪水や浸水の心配はない。山の斜面に張り付いたような土地だから土砂崩れが心配だ。明け方から降り始めた雨は記録的な豪雨に変わり、暴風を伴って七軒屋を吹き飛ばしてしまいそうな勢いだった。
台風に対する備えを万全にし、朝から門を閉ざして家に閉じ篭っていたら、夕食の後片付けをしている時、暴風雨の中、順さんが訪ねて来た。ヨシさん、悪い、開けてくれ! 壱の屋が大変だって、ドアを叩きながら叫ぶんだ。閂を外してドアを開けると、風雨と共に順さんが玄関先になだれ込んで来た。雨合羽を纏っていたが、体中、びっしょりだった。風呂場からタオルを持ってきて渡すと、順さんは土間に座り込んだまま、この雨で壱の屋の裏の崖が崩れそうだと言った。順さんはこの雨の中、村を見回っていたようだ。そして、入田家の裏の崖が今にも崩壊しそうなことに気がついた」
「それでどうしたのです?」
「順さんの話を聞いて、入田家の様子を見に行った。非常時だ。日頃、疎遠であろうと、こういう時には助け合うのが村の掟だ。そうでないと自分が困った時に誰も助けてくれない」
なるほど。村八分と同じ発想だ。
「順さんの言う通り、裏の崖から水が噴水のように噴き出していて、何時、崩壊しても不思議ではない状況だった。孝道さんが一人で、土嚢を積んでいた。焼け石に水だ。順さんと一緒に、二人で手分けをして村を回り、納屋にため込んである麻袋を集めた。この辺りでは、土嚢を積むことが多いので納屋に麻袋を溜め込んである。男手をかき集めると入田家に向かった。
皆で土嚢を積んだ。崖から水が湧き出し、何時、崩れるか分からなかったが、村の男たちは怯まなかった。懸命に土嚢を積んだ。吹き付ける風雨に、土嚢を持ったまま何度も吹き飛ばされかけた。それでも立ち上がると、作業を続けた。孝道さんが最も働いたことは言うまでもない。自ら率先して土嚢を積んだ」
当時の状況が目に浮かぶようだ。
「孝道さん、気をつけろと何度も声をかけた。その都度、孝道さんはああと無愛想に答えた。作業は夜を徹して行われた。夜が白み始める頃には、雨脚が弱まった。やがて、もう、大丈夫という声が上がり、村の男たちは三々五々、家路についた。
わしは順さんと共に最後まで残っていた。明け方、由香里さんがにぎり飯を振舞ってくれた。三人、真っ黒になった顔でにぎり飯をほおばった。美味しかった。お互いの真っ黒な顔を見て、ひでえなと笑いあった。
台風が過ぎてから、土嚢を強化するために、再び村の男が集まって、崖の補強工事をやった。土嚢に石や木材を入れて強化し、ひび割れが見られた箇所にはセメントを流し込んで固めた。ここでも孝道さんは率先して働いた。自分の家を守るためだ。当たり前と言えば当たり前だけどな。まあ、その後は元通り、愛想のない男に戻ってしまった。それでも、子供の頃は軽薄な人間だったが、当たり前のことが当たり前にできる人間になったと思ったね」
人は苦楽を共にすると連帯感が生まれるものだ。芦刈さんは慈悲深い顔をしていた。
「入田孝道さんは子供の頃、浮ついた人間だったのですか?」
「わが――孝道さんはわしのことを常にそう呼んだ」
「わが?」
「わがは土地の方言でお前という意味だ。孝道さんはわたしのひとつ下。年下の孝道さんにわが呼ばわりされる覚えはなかった。わしが小作人のせがれだと馬鹿にしていたのさ。まだまだ壱の屋の威光が幅を利かせていた時代だ。我慢するしかなかった。そんな有様だ。わしは子供の頃から孝道さんが嫌いだった。村に孝道さんと仲の良かった子供などいなかったと思う」
「ところで芦刈さん、宗家の宝のことはご存じですか?」
「宗家の宝?」
「塩市家に古くから伝わる家宝だそうです。塩市義谷という人物が、村の何処かに宝を隠してしまったそうです。今でも行方が分かりません」
宗家の宝が一連の事件の動機となっているのかもしれない。
「御先代様か。色々、言うものがいるが、うちにとっては大恩人だ」
「大恩人ですか?」




