容疑者リスト②
「今日は中津で聞き込みだ」と隈井さんが言った。
塩市拓谷がこの春まで勤めていた鉄工所があり、そこで話を聞いてみるのだと言う。
中津に向かう道中、広大君と戦わせた推理を隈井さんに話してみた。容疑者リストの内容を伝え、首藤医師と塩市拓谷の犯人説、また遺体が塩市拓谷であった場合、彼に服部さんの殺害が不可能だったこと、それに入田家が荒らされていた理由は宗家の宝が絡んでいるのではないかということだ。
開口一番、「よく考えたな」と隈井さんがほめてくれた。尊敬する先輩に褒められると、嬉しくなってしまう。よかったねと広大君が言ってくれた。
「遺体が塩市拓谷だとすると、彼に犯行が可能だったのは入田孝道の殺害だけということになる訳だな」
入田さんと首無し遺体のどちらが先に殺害されたのかは分かっていない。
「鉄工所で塩市拓谷の私物を押収できるかもしれないな」
私物から指紋やDNAを採取できれば遺体と照合することができる。「鉄工所だけに筋金入りの証拠が見つかるかもしれないぞ」隈井さんが笑いながら言った。
時に隈井さんはクールなキャラに似合わない冗談を言う。そいう一面を知っているのは僕だけだ。
「あの、隈井さん」
「何だ?」
「僕、その、隈井さんのハイセンスなギャグに上手く対応できません。ボケたり、つっこんだり出来ないと思います。すいません!」
「おい、おい。謝るなよ」
「どうしたら良いのでしょうか?」
「どうしたらって・・・お前」
「愛想笑いをしましょうか?」
「はっきり言うね~」
「じゃあ、笑顔で頷くっているのはどうです?」
「もう良いよ」
「じゃあ――」
「無視してくれて良いよ。面白かった時だけ笑ってくれ」
ああ、隈井さんを怒らせてしまった。
中津は隈井さんのかつての職場だ。隈井さんの運転で塩市拓谷が働いていた鉄工所を目指した。
中津市内、中津署から車で二十分ほどの場所に是永鉄工所があった。産業機械向けの部品を加工、製造している町工場だ。県道を挟んで細長い工場と製品を保管するための空き地が並んでいた。駐車場を兼用している空き地に車を停めると、工場を訪ねた。
隈井さんが警察バッジを見せると、受付の女性が入り口の片隅を衝立で仕切った応接スペースに通してくれた。そして、「社長、警察の方がお見えですよ~!」と大声を上げながら奥へ消えて行った。
事務所スペースの奥が工場になっている。社長さんは現場で作業を監督していたようだ。
奥の工場から、腹の突き出た中年の男性がどたどたと足音をさせながらやって来た。赤黒く変色した顔に玉のような汗を浮かべている。顔の中央に居座った鼻が存在感たっぷりだ。
「社長の是永弘明です」と名乗った。そして、「どういうご用件ですか?」と不機嫌そうな顔で言った。
「お宅で働いていた塩市拓谷さんについて、いくつかお伺いしたいことがあります」
是永社長は、どかりとソファーに腰を降ろすと言った。「ああ、拓谷ですか。あいつ、何かしましたか?」
「いえ、お聞きしたいことがあって捜しているだけです。塩市拓谷さんが今どこに居るのか、ご存知ありませんか?」
「近所のアパートに住んでいますよ。ここから歩いて直ぐの場所です」
「いえ、そのアパートは春先に引き払っているようです。どこに引っ越したのかご存知ありませんか?」
「えっ、引っ越したのですか⁉知りませんでした。すいません、うちを辞めてからのことは、よく分かりません」
是永社長は塩市拓谷さんがアパートを引き払ったことを知らなかった。
「塩市拓谷さんはどういった理由でお宅を退職されたのですか?」
「一身上の都合だというので、詳しくは聞きませんでした。母親を亡くして、随分、気落ちした様子でしたので、そのことが原因かもしれません。看病から解放された開放感もあったでしょう。まだ若いので、他にやりたいことが見つかったのだろうと、そんな風に考えていました。何かあれば、遠慮なく尋ねて来いと言っておきましたが、うちを辞めてからは、なしのつぶてです」
強面で終始、不機嫌そうに見えるが、案外、根は良い人物のようだ。
「お宅で塩市拓谷さんと親しくされていた方はいませんか? もし、いらっしゃれば、その方から、直接、お話をお聞きしたいのですが」
「ああ、それなら勇次が、一番、仲が良かったと思います。原尻勇次といって、うちの社員です。年が近かったので、よく二人でよくつるんで遊んでいました。今、呼んで来ましょう」
是永社長は席を立つと、「おい、勇次!」と叫びながら工場に戻って行った。
待つ程もなく、是永社長が若く痩せた男性を連れて戻ってきた。被った帽子からはみ出した長い髪の毛が銀色だ。眉毛が線のように細い。細面だが、えらが張っていて、顔が細く見えない。原尻勇次だ。
「ほれ、ここに座れ」
是永社長は「原尻勇次です」と原尻君を紹介すると、「ほれ、刑事さんたちから聞かれたことに、ちゃんと答えるんだぞ」と言ってソファーに座らせた。
そして自分は応接スペースを見渡せる場所に受付の椅子を引きずってきて、でんと腰を降ろした。背後から見張るつもりのようだ。
原尻君はおどおどとした様子で、目の前に座った僕らの顔を見回した。動物園の動物になった気分だ。珍獣のように見えているのだろう。原尻君、見かけと違って、気の小さな若者のようだった。




