あなたのせい③
言葉巧みに家宅捜索を了承させてしまった。芦刈さんは自分が疑われているとは微塵も覆っていないようだ。善良な村人を欺いているような気がしてちくりと心が痛んだ。
芦刈さんの案内で芦刈家を目指す。
「お一人で畑仕事は大変でしょう」
「なあに、もう慣れた。うちの母ちゃんに先立たれてしまってからは、ずっと一人だ。ここの他に、ぶどう畑もやっている。貧乏暇なしだ」
平地の少ない七軒屋で、芦刈さんは山の斜面を利用してぶどうの栽培を行っている。祖父の代にぶどう畑を開墾し、芦刈さんで三代目となる。
「奥様はこの村の人ですか?」
隈井さんは芦刈さんの家族構成を聞き出そうとしているようだ。
「いいや。母ちゃんは村の人間ではなかった。もともと、田舎臭いことが嫌いで、この村が嫌だった。高校を卒業すると同時に村を離れ、北九州の大学に通った。大学を卒業すると村には戻らず、北九州で就職した。一人っ子だったが、親父は何も言わなかった。今のわし同様、ぶどう畑は自分の代で終わりだと決めていたのだろう。会社の同僚だった母ちゃんと結婚して所帯を持った。姉さん女房だったけど、気立ての良さが内から滲み出て来るような女だった」
「何故、村に戻ったのです?」
「長男が生まれて間もない頃、親父が倒れてな。脳梗塞だった。中津の病院に緊急搬送された。幸い、一命はとり止めたが右足に麻痺が残った。母ちゃんと一緒に親父を見舞った時、暫く、北九州で一緒に暮らさないかと親父に伝えた。狭いアパート暮らしで、子供も生まれたばかりだったが、何とかなると思った。内心どう思っていたのか分からないが、母ちゃんも、大丈夫、きっと何とかなると言ってくれた。良い嫁をもらったと心底、嬉しかった。ところが親父は、北九州になんぞ、行かん!とにべもなく断りよった」
「はあ・・・」
よく喋る。日頃、話し相手がいないからだろう。寂しいのだ。隈井さんは辛抱強く、芦刈さんの話に耳を傾けていた。
「爺様が苦労して始めたぶどう畑を捨てる訳にはいかんと、そう言って同居を嫌がった。別にずっと一緒に暮らそうと言っている訳じゃない。親父も体の自由が利かなくなって大変だ。お袋だって、親父の面倒を見なければならなくなる。元気になれば、村に戻って、ぶどう畑でも何でも、好きなことをやれば良い。そう言ったんだが、聞かなくてな。しまいには、あの村以外では生きられない。この年で、都会で暮らすなんて無理だ。わしは七軒屋で生まれ、そして土に返って行くだけだ。あそこがわしの生きる場所だ。村から引き離さないでくれと言って、泣かれた。親父に泣かれては、もう何も言えなかった」
「それで村に戻ったのですね」
「病院からの帰り道、車の中で母ちゃんが言った。お義父さんが北九州に来ることができないなら、私たちが行くしかないわね。あなた、七軒屋に戻りましょう。大丈夫、きっと何とかなる。田舎でぶどう畑を営むのも悪くないかもしれないってね。
大丈夫、何とかなるは母ちゃんの口癖だった。正直、村に戻ることなど、露ほども考えていなかった。わしも悩んだ。紆余曲折はあったが、七軒屋に戻った。親父もお袋も、喜んでくれた。ぶどう畑を継ぐと言った時、親父はそうか、そうかと言って、また泣いた」
「良い奥様だったのですね」
「わしには勿体ない女だった。母ちゃんは三人姉妹の末っ子でな。三人も母親がいたようなものだ。甘やかされて育ったと言っていた。結婚するまで世間知らずのお嬢さんだった。そんな女が山奥で、夫の両親と同居しながら、ぶどうを栽培しながら暮らした。苦労をかけた。悪いな、こんなところに連れて来てしまってと言って詫びると、母ちゃんは何時も言っていた。そうよ。み~んな、あなたのせい。あなたのせいなんだから。責任を取って、一生、面倒を見てねってね。ははは」
芦刈さんの目に光るものが見えた。
「お子様はお一人で?」
「娘が一人、息子が一人。二人共、田舎暮らしに興味がないようで、村を出て行ってしまった。まあ、それで良いと思っている。長男は熊本に、長女は大分に住んでいる」
芦刈さんの家についた。
「ここだよ」と案内してくれたのは、車庫だった。
芦刈さんは軽トラックを所有している。車庫には軽トラックと農具がところ狭しと置かれてあった。
「好きなだけ探してみると良い。おう、これなんて五本並べると、五本爪に見えなくもないな」
芦刈さんは手にした鎌を隈井さんに見せた。「生憎、鎌は一本しかないが・・・ああ、そうだ。もう一本あった」そう言いながら、車庫の隅から古びた鎌を引っ張り出してきた。これが演技なら大した役者だ。
一通り車庫の中を見たが、凶器らしきものは発見できなかった。
「他にありませんかね?おうちの中とか――」
おや。令状も無しに、自宅の捜索までやるつもりだ。
「うちの中かい・・・包丁くらいあるが、五本もないぞ。それに、包丁じゃ、五本並べてもあんな傷にはならんだろう。ああ、あの晩のことを思い出してしまった。おう、お茶の一杯も出さずに、悪いことをした。折角、来たんだから、あがっていきな」
芦刈が人懐っこい笑顔を向けた。心が痛む。
「お邪魔します」
仏壇のある応接間に通された。
「ちょっと待っていてくれ」と言って、芦刈さんが台所に消えた。お茶を煎れに行ったのだ。
「芦刈さ~ん! お部屋の中、勝手に見て回りますよ~」
隈井さんが台所に向かって叫ぶ。聞き取れなかったのか、台所から「ああ~?」と返事が返って来た。
やがて、芦刈さんが茶碗を三つ盆に載せて戻って来ると、「気の済むまで見て回ってくれ。その方がわしも助かる。順さんたちを殺した犯人だと疑われるのは、たまらんからな」と言った。




