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魔女の初恋  作者:
10/10

語られることのない想いの欠片たち

魔女の一族の一人が反乱分子と接触しているという情報を手に入れた王が反乱分子を排除すべく動いたのは必然だった。


王自身は昔から囁かれている魔女の不吉な迷信に惑わされたりはしていなかったが国に害を成すというのであれば魔女であろうが人であろうが容赦はしない。

 

魔女。それは人よりも永い寿命をもち、人にはない知恵を受け継ぐ一族。


そしてそれゆえに人から迫害され続ける一族。



哀れだと、思う。

迫害され続ける日々に疲れ、愚かだとわかっていてもささやかれる甘い夢に権力者に利用される魔女の一族は多い。利用され、捨てられ、殺され、あるいは今回のように粛清され、魔女はその数を減らしてくる。

生き残るために利用され、それゆえに滅びに向かう哀れな一族。

だが同情はしても王として国を背負う者として彼は剣を振るうしかない。


此度の魔女はすでに数人の有力者を害するのに協力している。反逆者はその力の有益さに国に害成すことに魔女の知識を使うであろうことは想像に容易い。

そそのかされたとはいえ毒を生成し、実際にその毒で死者がでている。そして、魔女はいかなる理由であろうとも人を死に追いやればその命をもって償わなければならない。


調べさせた所によると魔女は二人。一人は反逆者に組した魔女ともう一人はその養い子。

実際に事件に関わったのは親の方で子供の方は無関係らしい。


だが、この事件が表に出ればその養い子も無事ではいられまい。そして王として危険性の高い知識を有する魔女を無関係だからといって野放しに出来ない。

恐らく養い子の方はその意思に関わらず手の内に抱え込むことになるだろう。


協力的ならば監視付き、拒否するようならば幽閉。


王としてではない人としての部分がその思考に眉を寄せた。


「もうすぐです」


部下の言葉に王は無言で馬を進ませた。



魔女は細い枯れ木のような手足なのにも関わらず背筋を伸ばし王の訪れを待っていた。

暴れもしなければ命乞いもしない魔女の態度に王の周囲が困惑気味にざわめぐ。


百歳を越えたかのような小さな老女。これが何人もの人間を殺す毒を作った魔女なのか。


白い髪の魔女の紅の瞳は欲の光も濁りもないというのに?


「わたしが何故、ここに来たか分かるか?」


静かに語りかける王に老いた魔女はただただ静かに頭をたれた。


「己がしたけじめはつけましょう。この老いた命一つでは奪い去った命と生み出した嘆き悲しみにはとても釣り合いませぬがどうか断罪を」


側にいた騎士が剣を抜こうとしたのを手で静止、王は自らの剣を抜いた。


「養い子に言い残すことは?」


「………ありませぬ」


養い子のこの先を予測しているであろうに老いた魔女は何一つ言い残すことをしなかった。


「………」


王の剣が一息に魔女の心臓を貫いた一瞬、その唇が何かを呟いた。それはあまりにも小さく、掠れていたため一番近くにいた王にすら聞き取ることは出来なかった。


貫いた刃を抜くとくたりと魔女の身体が傾ぐ。それを抱きとめ、そして床にそっと横たえた。

しばし黙祷をささげ、血を拭い去ろうとしたその時。


「………かかさま?」


呆然とした少女の声に全員の視線が向かう。そこにいたのは青ざめた顔の白い髪と翡翠の瞳を持つ一目で魔女の一族だとわかる若い娘。

床に伏せていたのか寝巻きを着た身体は酷く痩せており、病人特有の空気を纏っていた。

娘の姿と魔女の潔い態度とそれにそぐわぬ所業に王は魔女が彼女のためにこそ罪を犯したのだと察した。


詳しい事情は分からない。だが恐らくは娘を助けるために魔女は利用されることを選び、手を汚し、そして死を選んだ。

そう考えれば毒薬がひどく特徴的で魔女が関与していると分り易かったことも魔女が住居を変えていなかったことも納得がいく。魔女は逃げるつもりはなかったのだろう。


何も語らず何も伝えず、ただただ娘を思う心で罪を全て己の内に抱え込んだ。


娘はただ、床に横たわる養母を食い入るように見つめる。唇がかすかに震え、ゆらりとおぼつかない足取りで一歩、踏み出した。


「かかさま………?かかさま!!かかさま!!」


床をぬらす赤い雫に気づいた娘の顔に絶望と激情が浮かび上がる。魔女にすがり付こうとした娘の身体を王が抱きとめる。その瞬間、女とは思えぬほどの力で娘はその腕を拒絶した。


「はなして!!!!かかさま!!かかさま!!何をしたの!!かかさま!かかさま!!」


錯乱してわめく娘はただただひたすらに母を呼ぶ。


「もう、事切れている」


「………なんで?かかさま、こと、切れているって………どう、して?」


「俺が、殺した」


「っ!!」


翡翠の瞳に射殺しそうなほどの憎悪と怒りが燃え上がるのが見て取れた。

腕の中の華奢な娘に気圧される。


「赦さない」


それは託宣のようにも断罪のようにも聞こえた。


「絶対にお前を赦さない!!」


血を吐くようなその言葉が王を深く深く縛り付けることになるとは王自身、思いもしなかった。


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