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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第五章 海を結ぶ橋

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第十四話 帰ることのできた証

参道を抜けると、木々の間から落ち着いた佇まいの建物が見えてきた。


 宝物館だった。


 蒼真たちは一礼して中へ入る。


 館内は静かで、足音だけが床に小さく響いていた。


 照明に照らされたガラスケースの中には、古い鎧や兜、太刀、薙刀が整然と並んでいる。


 そのどれもが、時を超えてなお凛とした気配をまとっていた。


 「すごい……。」


 陸が思わず息をのむ。


 「教科書で見たことがあるようなものばかりだ。」


 潮は一振りの太刀の前で足を止めた。


 刃は静かに光を返し、長い年月を経てもなお、美しさを失っていない。


 ◇


 その時、後ろから穏やかな声が聞こえた。


 「きれいでしょう。」


 振り返ると、白髪の男性が立っていた。


 館内を案内する学芸員だった。


 「これらは、多くが武将たちによって奉納された品です。」


 蒼真が尋ねる。


 「戦いに勝った記念ですか?」


 男性は少し考え、静かに首を横に振った。


 「そう語られることもあります。」


 「でも私は、少し違うと思っています。」


 ◇


 男性は一領の鎧の前で立ち止まる。


 「鎧は、人の命を守るためのものです。」


 「剣も、本来は誰かを守るために握られるものであってほしい。」


 館内に静かな空気が流れる。


 「だから私は、ここに並ぶ品々を見るたびに思うんです。」


 「これは戦った証ではない。」


 「帰ってくることのできた証なんだと。」


 その言葉に、四人は誰も口を開かなかった。


 ◇


 学芸員は一枚の古い絵図を見せてくれた。


 そこには、海を渡る船団が描かれている。


 「昔の航海は、命がけでした。」


 「嵐もある。」


 「暗礁もある。」


 「潮を読み違えれば、それだけで命を落とすこともあった。」


 蒼真は因島で聞いた「潮待ち」の話を思い出す。


 急がず、潮を待つこと。


 それも命を守る知恵だった。


 「だから海へ出る前に、この神社へ祈りに来る人がたくさんいたんです。」


 「そして無事に帰れたら、お礼参りをする。」


 「その感謝が、今もここに残っているんですよ。」


 ◇


 澪はガラス越しに鎧を見つめる。


 「帰ってきた人だけじゃなく……。」


 「待っていた人も、きっと安心したんでしょうね。」


 男性は優しく頷いた。


 「ええ。」


 「港には、いつも待つ人がいました。」


 「家族が。」


 「友人が。」


 「仲間が。」


 「『おかえり』という言葉は、昔から何より大切だったんです。」


 その言葉を聞いた瞬間、蒼真の胸に、これまでの旅が一つにつながった。


 向島で聞いた「またおいで」。


 因島で見送ってくれた人たち。


 橋の上で出会った、自転車で毎年友人との約束を果たしに来る男性。


 どの思い出にも、「帰る」という願いが流れていた。


 ◇


 館内を出ると、境内の木々を渡る風が心地よく吹いていた。


 蒼真は旅日記を開く。


 今日のページに書いたのは、学芸員の言葉だった。


 > 「これは戦った証ではない。帰ってくることのできた証なんです。」


 その下へ、静かに続ける。


 > 『人は遠くへ行くために旅をするのではない。帰る場所があるから、旅に出られる。』


 ペンを置くと、澪が微笑んだ。


 「この旅日記って、不思議だね。」


 「最初は神様を探す旅だったのに。」


 蒼真も笑う。


 「今は、人の願いを集める旅になってる。」


 その時だった。


 境内の奥から、一人の神職がゆっくりと歩いてきた。


 年の頃は六十代ほど。


 白い装束をまとい、柔らかな眼差しで四人を見つめる。


 「旅のお方ですね。」


 「はい。」


 神職は微笑み、空を見上げた。


 「夕方になります。」


 「もしよろしければ、このあと祝詞のりとの時間があります。」


 「観光ではなかなか見る機会のない、小さなお勤めですが……。」


 「ご一緒になさいますか。」


 四人は顔を見合わせ、静かに頷いた。


 「ぜひ、お願いします。」


 神職は一礼すると、何も付け加えず、ゆっくりと社殿の方へ歩いていった。


 その後ろ姿を追いながら、蒼真は思う。


 この島では、言葉よりも、静かな時間そのものが祈りなのかもしれない。

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