表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第五章 海を結ぶ橋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/117

第十二話 神の島へ

橋を渡り終えると、潮風が少しだけ変わった。


 塩の香りの中に、深い森の匂いが混じっている。


 「空気が違う……。」


 澪が思わず足を止めた。


 蒼真もゆっくりと息を吸う。


 「海なのに、山の中へ入ったみたいだ。」


 タケルは静かに頷いた。


 「この島には、昔から海の神が住まうと言われている。」


 「人はその気配を『森』として感じるのだ。」


 ◇


 道の両側には、大きな楠や椎の木が枝を広げている。


 木漏れ日が石畳へまだらな模様を落とし、鳥のさえずりが森の奥から聞こえてくる。


 今まで歩いてきた島とは、どこか空気が違った。


 急ぐ人がいない。


 車の音さえ遠い。


 まるで島全体が、ゆっくりと深呼吸をしているようだった。


 「静かだね。」


 潮が小さな声で言う。


 「うん。」


 蒼真も自然と声を潜めた。


 「大きな声を出したら、この静けさを壊してしまいそう。」


 ◇


 昼前、小さな商店の軒先で休憩していると、店先で箒を掃いていた女性が声をかけてきた。


 「旅の方ですか?」


 「はい。しまなみ海道を歩いています。」


 女性は湯飲みに冷たい麦茶を注ぎながら微笑んだ。


 「歩いて来られたんですね。」


 「それなら、この島の神様も喜ばれます。」


 陸が不思議そうに尋ねる。


 「神様がですか?」


 女性は店の奥から海の方を眺めた。


 「昔から、この島へ来る人は、海の無事を願ってお参りしたんですよ。」


 「漁師さんも。」


 「船乗りさんも。」


 「旅人も。」


 「だから、歩いて来た人を見ると、『ようこそ』って言いたくなるんです。」


 ◇


 店の前には、小さな木箱が置かれていた。


 中には島で採れた柑橘や手作りのお菓子が並んでいる。


 「これ、おすすめですよ。」


 女性が勧めてくれたのは、ほんのり柑橘が香る焼き餅だった。


 一口食べると、素朴な甘さが口いっぱいに広がる。


 「おいしい。」


 澪が笑う。


 「懐かしい味がします。」


 「特別な材料は使ってないんです。」


 女性も笑顔で答える。


 「でも、お祭りの日になると、みんなでこれを焼くんですよ。」


 その言葉に、蒼真は因島の祭りを思い出した。


 祭りが違っても、人が集まり、同じものを囲む時間は変わらない。


 ◇


 再び歩き始めると、森はさらに深くなる。


 やがて、大きな石の鳥居が木々の間から姿を現した。


 思わず四人の足が止まる。


 鳥居の向こうには、まっすぐ伸びる参道。


 その両側を、何百年も生きてきたであろう巨木が静かに見守っている。


 風が吹く。


 葉が揺れる。


 それだけなのに、まるで森全体が呼吸しているようだった。


 蒼真は胸元の神代の鍵へ手を添える。


 不思議なことに、鍵は光らなかった。


 けれど、手のひらへ伝わる温もりだけが、いつもより少し深かった。


 タケルが静かに口を開く。


 「神は、いつも光で迎えるわけではない。」


 「静けさで迎えることもある。」


 ◇


 四人は一礼し、鳥居をくぐる。


 参道へ一歩足を踏み入れた瞬間、街の音がふっと遠のいた。


 聞こえるのは、風に揺れる葉擦れの音。


 鳥の声。


 そして、自分たちの足音だけ。


 蒼真は自然と背筋を伸ばいた。


 この場所では、大きな声を出す必要はない。


 誰かに急かされることもない。


 ただ、ゆっくり歩けばいい。


 その歩みを、千年以上前から同じように、この道を歩いてきた人々が見守っているような気がした。


 参道の奥では、深い緑に包まれた社殿の屋根が、木漏れ日の中に静かに浮かんでいる。


 海を渡る人々の祈りを受け止め続けてきた神域が、四人を穏やかに迎え入れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ