第八話 海をつくる町
橋を渡り終えると、潮風が少しだけ力強くなった。
向島とはどこか違う空気。
港には背の高いクレーンが立ち並び、遠くから金属を打つ音が響いてくる。
カン、カン、カン――。
一定のリズムで鳴るその音は、この島の日常だった。
陸が目を丸くする。
「船を造ってるんだ。」
蒼真も立ち止まり、その景色を見つめる。
海には漁船だけではない。
大きな貨物船やフェリーも停泊している。
「同じ島でも、こんなに雰囲気が違うんだね。」
澪が感心したように言う。
「島ごとに、暮らし方が違うんだ。」
◇
昼前、四人は港近くの小さな公園で休憩をとった。
木陰のベンチに腰を下ろし、向島でもらったじゃこ飯のおにぎりを広げる。
「いただきます。」
潮が一口食べると、思わず笑顔になった。
「おいしい。」
「昨日よりもっとおいしく感じる。」
「歩いたからかな。」
陸も頷く。
「それもあるけど……。」
少し考えて笑う。
「誰が作ってくれたか知ってるからかも。」
蒼真はその言葉に静かに頷いた。
食べ物の味は、人の記憶でも変わる。
旅が教えてくれたことの一つだった。
◇
その時、公園の隅で木を削る音が聞こえた。
年配の男性が、小さな木片を手にして何かを作っている。
近づくと、それは船の模型だった。
帆柱や舵まで丁寧に作られている。
「すごい……。」
陸が思わず声を上げる。
男性は照れくさそうに笑った。
「昔は造船所で働いとったんよ。」
「引退してからは、こうして船を作っとる。」
「本物じゃなくて、小さい船だけどな。」
◇
蒼真が模型を見せてもらう。
木目が美しく、手にすると不思議な温もりが伝わってくる。
「船って、木からできていたんですね。」
「昔はな。」
男性は優しく模型を撫でた。
「一本の木が船になって、海へ出る。」
「人を運び、荷を運び、夢も運ぶ。」
「役目を終えたら、また土へ帰る。」
「人も船も、似たようなもんじゃ。」
◇
タケルが静かに海を見つめる。
「昔、神々は船を『動く村』と呼んだ。」
蒼真が振り返る。
「動く村?」
「船には、人が暮らし、働き、支え合う営みがあった。」
「海の上にも、人の暮らしはあったのだ。」
その言葉を聞きながら、蒼真は模型の船を見つめる。
小さな船の中にも、人の人生が詰まっているような気がした。
◇
男性は作業台の引き出しから、小さな木片を取り出した。
「これ、持っていきなさい。」
細長い木片には、波を模した彫刻が施されている。
「船を造る時に出た端材じゃ。」
「捨てるには惜しくてな。」
「旅のお守りにでもしてくれ。」
蒼真は両手で受け取る。
木からは、ほのかに檜の香りがした。
「ありがとうございます。」
男性は笑って頷く。
「橋も船も、人をつなぐためにある。」
「そのことだけは、昔も今も変わらん。」
◇
夕方、港へ戻る道で、四人は何度も海を振り返った。
大きな船がゆっくりと港を離れていく。
汽笛が一度だけ鳴る。
低く、長い音。
その響きは、島中へ広がっていった。
澪が旅日記を開く。
今日のページに書いたのは、たった一文。
> 「船は海を渡るために造られる。でも、本当に運んでいるのは、人の暮らしなのかもしれない。」
その文字を見たタケルは、小さく頷いた。
「いい言葉だ。」
「神話は遠い昔だけにあるのではない。」
「誰かが今日も船を造り、海へ送り出す。その営みもまた、未来へ受け継がれる神話なのだ。」
夕暮れの海を見つめながら、蒼真は木のお守りをそっと握りしめた。
そこには、人の手のぬくもりが、まだ残っているような気がした。




