表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第五章 海を結ぶ橋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/120

第七話 またおいで

朝日が海の向こうからゆっくりと昇る。


 港の水面は淡い橙色に染まり、漁船が静かに沖へ向かっていた。


 四人は宿の玄関で靴紐を結び直す。


 今日はいよいよ、因島へ向かう日だった。


 「お世話になりました。」


 蒼真たちが頭を下げると、宿の女将は笑顔で送り出してくれた。


 「気をつけて。」


 「橋の上は風が強い日もあるからね。」


 「はい。」


 澪も深く一礼する。


 女将は少しだけ考えてから、優しく言った。


 「旅は、予定どおりにいかない日もあります。」


 「でも、そんな日ほど忘れられないものですよ。」


 蒼真はその言葉を胸にしまった。


 ◇


 港へ向かう途中、小さな郵便局の前を通る。


 赤い郵便バイクがちょうど出発するところだった。


 「あっ。」


 郵便屋が四人に気づき、ヘルメットを軽く持ち上げる。


 「もう出発か。」


 「はい。」


 「因島へ向かいます。」


 郵便屋は少しだけ目を細めた。


 「ええ旅になっとるか?」


 「はい。」


 蒼真は迷わず答えた。


 「たくさんの人に会えました。」


 「それが一番じゃ。」


 郵便屋は笑う。


 「景色は季節で変わる。」


 「でも、人は会わんと分からん。」


 その言葉に四人は頷いた。


 「また来ます。」


 「待っとるよ。」


 短い言葉だった。


 けれど、その一言だけで、向島は「通り過ぎる場所」ではなくなった。


 ◇


 港では、昨日の漁師が網を干していた。


 蒼真たちを見ると、大きく手を振る。


 「おーい!」


 「今日は橋を渡るんか!」


 「はい!」


 陸が元気よく応える。


 漁師は近づいてきて、小さな紙袋を差し出した。


 「途中で腹が減るじゃろ。」


 中には、自家製の小さなじゃこ飯のおにぎりが入っていた。


 「朝、女房が作ったんじゃ。」


 「えっ、いただいていいんですか?」


 「旅人がお腹を空かせちゃいかん。」


 照れくさそうに笑うその姿に、四人も思わず笑顔になる。


 ◇


 橋へ向かう坂道の途中で、みかん畑の女性が作業をしていた。


 「おはようございます!」


 潮が手を振る。


 女性も帽子を取って応えた。


 「いいお天気ですね。」


 「今日は橋がきれいに見えますよ。」


 振り返ると、朝日に照らされた海の向こうへ白い橋が伸びていた。


 「秋になったら、またおいで。」


 女性が笑う。


 「今度は、甘くなったみかんを食べてもらいたいから。」


 蒼真はポケットに入れた青いみかんへそっと触れた。


 「約束します。」


 その実が橙色に色づく頃、もう一度この島へ帰ってきたい。


 そんな気持ちが自然に湧いてきた。


 ◇


 橋のたもとまで来ると、四人は同時に振り返った。


 港。


 みかん畑。


 郵便局。


 朝市。


 小さな食堂。


 ほんの二日ほどしか過ごしていないのに、どれも懐かしく思える。


 澪が静かに言う。


 「不思議だね。」


 「『さようなら』って気持ちにならない。」


 「うん。」


 蒼真も頷く。


 「『行ってきます』なんだ。」


 タケルが穏やかに笑う。


 「それでいい。」


 「帰る場所とは、長く住んだ場所だけではない。」


 「心が『また会いたい』と願った場所も、帰る場所になる。」


 ◇


 四人は橋へ一歩を踏み出した。


 潮風が頬をなでる。


 その時、胸元の神代の鍵が、朝日に溶けるような柔らかな光を宿した。


 蒼真はそっと鍵を握る。


 もう、鍵が光る理由を探そうとは思わなかった。


 この旅で出会った人たちの笑顔。


 「またおいで」という言葉。


 それらすべてが、神代の鍵に新しい歌を刻んでいる気がしたからだ。


 橋の向こうには、次の島――因島が静かに待っている。


旅日記


その日の昼休み、橋の途中の展望所で蒼真は旅日記を開いた。


新しいページに、向島の思い出を一つひとつ書いていく。


郵便屋さんの葉書。

漁師さんの港の話。

みかん畑から見た海。

港の食堂の鯛めし。

朝の「またおいで」。


最後に、少し考えてから、こう記した。


「旅は、新しい景色を集めることではない。『おかえり』と言ってくれる場所を増やしていくことなのかもしれない。」


ページを閉じると、風が一枚だけ紙をめくった。


そこには、旅の最初の日に書いた言葉があった。


「神話を探しに行こう。」


蒼真は少し笑って、小さくつぶやく。


「違ったな。」


「神話は、探すものじゃなかった。」


「人が大切に守り続けてきた暮らしの中に、ずっと生きていたんだ。」


その言葉を胸に、四人は新しい橋へと歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ