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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第五章 海を結ぶ橋

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第六話 港に灯る夕餉

午後の陽射しが少しずつ傾き始める頃、四人は港近くの商店街を歩いていた。


 朝とは違い、買い物帰りの人たちが行き交っている。


 自転車の前かごには野菜。


 漁師たちは網を洗い、港には今日の仕事を終えた船がゆっくりと戻ってくる。


 「ただいまー。」


 船を降りた若い漁師が声を上げる。


 岸壁で待っていた小さな男の子が、満面の笑みで駆け寄った。


 「お父さん!」


 男はひょいと息子を抱き上げる。


 「今日は何匹釣れた?」


 「大きな鯛が三匹もいたぞ。」


 「すごい!」


 そのやり取りを見ていた澪が、ふっと笑った。


 「いい景色だね。」


 蒼真も静かに頷く。


 「港って、船が帰る場所なんだね。」


 「だから『おかえり』が似合う。」


 ◇


 その夜、四人は港近くの小さな食堂へ入った。


 暖簾をくぐると、「いらっしゃい!」という元気な声が響く。


 木のカウンターには、近所の常連客が並んでいた。


 テレビでは地元のニュースが流れ、店の奥では味噌汁の湯気が立ち上る。


 旅先なのに、不思議と「帰ってきた」ような温かさがあった。


 「おすすめはありますか?」


 蒼真が尋ねると、店主の女性がにっこり笑う。


 「今日は鯛めしがええよ。」


 「昼に揚がったばかりじゃけぇ。」


 ほどなく運ばれてきた膳には、湯気の立つ鯛めし、地元の野菜の煮物、小魚の南蛮漬け、あおさの味噌汁。


 どれも派手ではない。


 けれど、一口食べるたびに、島の風景が浮かぶような味だった。


 「おいしい……。」


 潮が目を丸くする。


 店主は少し照れたように笑った。


 「特別なことはしとらんよ。」


 「昔から食べとるものを、そのまま出しとるだけ。」


 ◇


 食後、お茶を飲んでいると、常連客のおじいさんが話しかけてきた。


 「歩いて旅をしとるんか。」


 「はい。」


 「しまなみ海道を、ゆっくり巡っています。」


 おじいさんは何度も頷いた。


 「ええ旅じゃ。」


 「今は速う行ける時代じゃけどな。」


 「速いことと、よう知ることは違う。」


 「歩くと、花が咲いとる場所が分かる。」


 「猫が昼寝する場所も分かる。」


 「潮の匂いが変わる時間も分かる。」


 「人の顔も覚えられる。」


 店内は静かになっていた。


 誰も急かさない。


 誰も話を遮らない。


 この島では、人の話を最後まで聞くことも、暮らしの一部なのだろう。


 ◇


 店を出ると、空には一番星が輝いていた。


 港の街灯が海面に映り、小さな光が波に揺れている。


 陸がぽつりと言う。


 「今日って、何か特別なことがあったわけじゃないよね。」


 「うん。」


 蒼真は夜の港を見つめた。


 「でも、忘れられない一日だった。」


 澪が旅日記を開く。


 今日は長い文章を書かなかった。


 ただ、一行だけ。


 『暮らしの中には、旅人だからこそ見つけられる美しさがある。』


 その文字を見て、タケルは穏やかに微笑んだ。


 「神守とは、神を探す者ではない。」


 「人が大切にしているものを、見つけられる者だ。」


 四人は静かに頷いた。


 夜の港には、波の音だけが響いている。


 その音は、まるで「また明日」と語りかけるように、優しく岸辺を打ち続けていた。

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