第六話 港に灯る夕餉
午後の陽射しが少しずつ傾き始める頃、四人は港近くの商店街を歩いていた。
朝とは違い、買い物帰りの人たちが行き交っている。
自転車の前かごには野菜。
漁師たちは網を洗い、港には今日の仕事を終えた船がゆっくりと戻ってくる。
「ただいまー。」
船を降りた若い漁師が声を上げる。
岸壁で待っていた小さな男の子が、満面の笑みで駆け寄った。
「お父さん!」
男はひょいと息子を抱き上げる。
「今日は何匹釣れた?」
「大きな鯛が三匹もいたぞ。」
「すごい!」
そのやり取りを見ていた澪が、ふっと笑った。
「いい景色だね。」
蒼真も静かに頷く。
「港って、船が帰る場所なんだね。」
「だから『おかえり』が似合う。」
◇
その夜、四人は港近くの小さな食堂へ入った。
暖簾をくぐると、「いらっしゃい!」という元気な声が響く。
木のカウンターには、近所の常連客が並んでいた。
テレビでは地元のニュースが流れ、店の奥では味噌汁の湯気が立ち上る。
旅先なのに、不思議と「帰ってきた」ような温かさがあった。
「おすすめはありますか?」
蒼真が尋ねると、店主の女性がにっこり笑う。
「今日は鯛めしがええよ。」
「昼に揚がったばかりじゃけぇ。」
ほどなく運ばれてきた膳には、湯気の立つ鯛めし、地元の野菜の煮物、小魚の南蛮漬け、あおさの味噌汁。
どれも派手ではない。
けれど、一口食べるたびに、島の風景が浮かぶような味だった。
「おいしい……。」
潮が目を丸くする。
店主は少し照れたように笑った。
「特別なことはしとらんよ。」
「昔から食べとるものを、そのまま出しとるだけ。」
◇
食後、お茶を飲んでいると、常連客のおじいさんが話しかけてきた。
「歩いて旅をしとるんか。」
「はい。」
「しまなみ海道を、ゆっくり巡っています。」
おじいさんは何度も頷いた。
「ええ旅じゃ。」
「今は速う行ける時代じゃけどな。」
「速いことと、よう知ることは違う。」
「歩くと、花が咲いとる場所が分かる。」
「猫が昼寝する場所も分かる。」
「潮の匂いが変わる時間も分かる。」
「人の顔も覚えられる。」
店内は静かになっていた。
誰も急かさない。
誰も話を遮らない。
この島では、人の話を最後まで聞くことも、暮らしの一部なのだろう。
◇
店を出ると、空には一番星が輝いていた。
港の街灯が海面に映り、小さな光が波に揺れている。
陸がぽつりと言う。
「今日って、何か特別なことがあったわけじゃないよね。」
「うん。」
蒼真は夜の港を見つめた。
「でも、忘れられない一日だった。」
澪が旅日記を開く。
今日は長い文章を書かなかった。
ただ、一行だけ。
『暮らしの中には、旅人だからこそ見つけられる美しさがある。』
その文字を見て、タケルは穏やかに微笑んだ。
「神守とは、神を探す者ではない。」
「人が大切にしているものを、見つけられる者だ。」
四人は静かに頷いた。
夜の港には、波の音だけが響いている。
その音は、まるで「また明日」と語りかけるように、優しく岸辺を打ち続けていた。




