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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第五章 海を結ぶ橋

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第三話 島の郵便屋さん

橋を渡り終えると、潮風が少しだけやわらいだ。


 向島は、旅人を驚かせるような景色ではなく、肩の力を抜かせてくれる島だった。


 港には漁船が並び、小さな造船所から金属を打つ音が響いてくる。


 道端では、柑橘を載せた軽トラックがゆっくりと走り、庭先では洗濯物が潮風に揺れていた。


 「なんだか落ち着くね。」


 澪が微笑む。


 「うん。」


 蒼真も頷く。


 「旅先っていうより、人の暮らしの中を歩かせてもらってる感じ。」


 ◇


 島の坂道を歩いていると、一台の赤い郵便バイクが止まった。


 降りてきたのは、日に焼けた五十代ほどの男性だった。


 ヘルメットを脱ぐと、人懐っこい笑顔を見せる。


 「こんにちは。」


 「こんにちは。」


 蒼真たちも挨拶を返す。


 男性は四人の荷物を見て笑った。


 「橋を歩いてきたんじゃね。」


 「はい。」


 「いい旅をしとる。」


 その言葉には、どこか誇らしさがあった。


 ◇


 郵便屋は古い木造の家へ一通の封筒を届ける。


 玄関から出てきたおばあさんが嬉しそうに受け取った。


 「ありがとうねぇ。」


 「息子からですか?」


 「そうなんよ。」


 「東京におるんじゃけど、毎月手紙をくれるんよ。」


 封筒を胸に抱く笑顔は、宝物を抱えるようだった。


 郵便屋は照れくさそうに帽子をかぶり直す。


 「じゃあ、また来月。」


 ◇


 再びバイクへ戻ろうとした郵便屋へ、蒼真が声をかける。


 「今でも手紙って多いんですか?」


 男性は少し考えてから答えた。


 「昔より少なくなった。」


 「でもね。」


 海の向こうを見つめながら続ける。


 「島では、まだ手紙を待っとる人がおる。」


 「荷物も運ぶ。」


 「薬も届ける。」


 「役場の書類も届ける。」


 「郵便屋いうより、島の"つなぎ役"じゃな。」


 その言葉に、澪が静かに頷く。


 ◇


 郵便屋はバッグから一枚の古い葉書を取り出した。


 角が少し擦り切れている。


 「これはね。」


 「新人だった頃にもらった葉書。」


 そこには短く、たった一文だけ書かれていた。


 『手紙だけじゃなく、安心も届きました。ありがとう。』


 「三十年以上前じゃ。」


 「でも、まだ捨てられん。」


 蒼真はその葉書を見つめる。


 たった一枚の紙。


 けれど、それは誰かの感謝を運び続けていた。


 ◇


 タケルが静かに言う。


 「神守も似ている。」


 「歌を運ぶだけではない。」


 「人と人を結び、その想いを次へ届ける。」


 郵便屋は、その言葉の意味は知らない。


 それでも笑って言った。


 「届ける仕事はええよ。」


 「『待っとったよ。』って言われるだけで、また頑張れる。」


 ◇


 別れ際。


 郵便屋は四人へ島のみかんを一つずつ渡してくれた。


 「歩くと喉が渇くじゃろ。」


 「ありがとうございます。」


 甘酸っぱい香りが、手いっぱいに広がる。


 「旅先でもらうみかんって、なんだか特別だね。」


 陸が笑う。


 郵便屋はバイクにまたがり、エンジンをかけた。


 「また島へおいで。」


 「春もええけど、秋のみかん畑もきれいじゃけぇ。」


 赤い郵便バイクは、ゆっくりと坂道を上っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、蒼真はみかんの温もりを感じていた。


 手紙は、人の想いを届ける。


 橋は、人を届ける。


 そして旅は、その土地で生きる人の心を、自分の心へ届けてくれる。


 向島で最初に出会ったのは、島中の人の「待っている気持ち」を運ぶ、一人の郵便屋だった。

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