第五十五話 灯を継ぐ人
夕暮れの参道は、昼間とはまるで別の表情を見せていた。
観光客も少なくなり、商店は一軒、また一軒と暖簾を下ろし始める。
朱色だった空は藍色へと変わり、島に静かな夜が近づいていた。
「少し歩こうか。」
蒼真の一言に、四人は海沿いの道をゆっくりと進む。
波の音だけが寄り添うようについてくる。
◇
岬へ向かう途中、小さな石灯籠が並ぶ場所に出た。
派手な観光名所ではない。
地元の人が毎日通り過ぎるような、小さな祈りの場所だった。
その石灯籠の一つひとつに、小さな灯がともされている。
「あれ……。」
澪が目を凝らす。
年配の女性が、一本一本、丁寧に火を入れていた。
風で消えないように手を添えながら。
急ぐこともなく。
慣れた手つきで。
◇
「こんばんは。」
潮が声をかけると、女性は柔らかく微笑んだ。
「こんばんは。」
「旅行ですか?」
「はい。」
「毎日、灯をつけているんですか?」
女性は頷く。
「もう二十年になります。」
「主人が始めたことなんです。」
「亡くなったあとも、私が続けています。」
四人は静かに耳を傾けた。
◇
「どうして続けているんですか?」
陸が尋ねる。
女性は海を見つめた。
「理由なんて、大したものじゃありません。」
「昔、この灯を見て港へ帰ってきた人がいたんです。」
「だから今も。」
「誰かが『帰ってきたな』って思える灯であれば、それで十分。」
その言葉は、鞆の浦で源蔵が話してくれたことと重なった。
帰る場所。
それは建物ではなく、待っていてくれる人のことなのかもしれない。
◇
女性は新しい蝋燭に火を移す。
その小さな炎が、隣の灯へ。
また隣へ。
一つの灯が、次の灯をともしていく。
タケルが静かにつぶやいた。
「見えるか。」
蒼真は炎を見つめる。
どの灯も同じ火ではない。
けれど、最初の火から受け継がれている。
「神話も同じだ。」
「一人では残せない。」
「誰かから誰かへ渡されることで、生き続ける。」
◇
その瞬間だった。
神代の鍵が、今までで一番穏やかな光を放った。
眩しくはない。
月明かりに溶けるほど淡い光。
女性は気づかない。
旅人たちも気づかない。
だが蒼真たち四人には、その光が確かに見えていた。
光は灯籠から灯籠へと渡るようにゆっくり流れ、最後に海へと溶けていく。
潮が息をのむ。
「……神代の航路。」
タケルは首を横に振る。
「違う。」
「これは――」
少しだけ微笑む。
「人の航路だ。」
「人が誰かを想い、その想いを次の世代へ渡していく道。」
「神代の航路は、その上に築かれる。」
蒼真は胸の奥が熱くなるのを感じた。
今まで探していたものは、神様の痕跡ではなかった。
人が受け継いできた優しさだったのだ。
◇
帰り際、女性は四人に小さく頭を下げた。
「また島へ来てくださいね。」
蒼真も深く一礼する。
「はい。」
「必ず帰ってきます。」
その約束に、女性は安心したように笑った。
夜の宮島には、無数の灯が静かに揺れていた。
その一つひとつが、誰かの帰りを待つ、小さな希望のように見えた。




