第五十四話 夕映えの回廊
午後の陽射しが、朱塗りの回廊をやわらかく照らしていた。
海から吹く風が、潮の香りを運んでくる。
回廊を歩く人々も、自然と足取りがゆっくりになる。
誰も急いではいない。
まるで、この場所だけ時間の流れが違うようだった。
◇
「満潮の時間が近いですね。」
神職の一人が、穏やかな笑顔で話しかけてくれた。
蒼真たちは海へ目を向ける。
朝よりも潮は高くなり、社殿はまるで海に浮かんでいるように見えた。
澪が小さく息をのむ。
「景色が変わる……。」
「同じ場所なのに。」
神職は頷いた。
「宮島では、一日に二つの景色が見られます。」
「潮が引けば、大鳥居まで歩いて行けます。」
「潮が満ちれば、海が神様への道になります。」
「どちらも、この島の大切な姿です。」
◇
四人は海を眺めながら、回廊の欄干にもたれた。
波が床下を静かにくぐり抜けていく。
その音は、まるで社殿そのものが呼吸しているようだった。
陸がぽつりと言う。
「建物じゃなくて、生きてるみたい。」
潮も静かに頷く。
「だから、こんなに落ち着くのかな。」
◇
少し歩くと、年配の男性が一枚の板を丁寧に磨いていた。
社殿の補修を続けている宮大工だった。
蒼真が興味深そうに見つめていると、男性はにこりと笑った。
「木は正直なんですよ。」
「百年でも二百年でも、手をかければ応えてくれる。」
「でも、手を抜けばすぐに分かる。」
蒼真は板にそっと触れさせてもらう。
陽射しを浴びた木は、ほんのりと温かかった。
「この社殿も、たくさんの人が守ってきたんですね。」
「そう。」
宮大工は遠くの屋根を見上げた。
「わし一人じゃ守れん。」
「大工も、神職も、島の人も、参拝に来る人も。」
「みんなで守るから、千年続くんです。」
その言葉は、まるでこの旅そのものを語っているようだった。
◇
夕方になると、空が少しずつ茜色へ染まっていく。
海も朱色を映し、大鳥居は昼間とはまったく違う表情を見せていた。
澪は旅日記を開く。
今日のページには、こんな一文を書き添えた。
「受け継ぐということは、昨日と同じことを繰り返すことではない。明日もこの景色を残したいと願うこと。」
蒼真はその言葉を読んで微笑む。
「澪らしいね。」
「今日、この島で教えてもらったことだから。」
◇
帰り道、商店街の軒先から夕餉の香りが漂ってきた。
しゃもじを売る店。
焼き牡蠣の香ばしい匂い。
もみじ饅頭を焼く甘い香り。
学校帰りの子どもたちの笑い声。
観光地の顔と、人々の暮らしの顔が自然に重なり合っている。
タケルが静かに空を見上げた。
「神代の航路は、遠い昔だけにあるものではない。」
「こうして今日を生きる人々が、明日へ受け継ぐ想いの中にも続いている。」
蒼真は夕日に染まる島を見つめる。
神代の鍵は静かなぬくもりを帯びていた。
急かすこともなく、導くこともなく。
ただ、「この時間を忘れないでほしい」と語りかけるように。
四人は足を止め、もう一度だけ海を振り返った。
夕映えの中で、朱の大鳥居は変わらず静かに立っていた。
まるで千年前も、そして千年後も、この島を見守り続ける約束をしているかのように。




