表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第四章 海に浮かぶ神域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/117

第五十二話 潮が満ちる音

翌朝。


 まだ島が眠りから覚めきらない頃、蒼真は一人で宿を出た。


 空は淡い藍色。


 東の空だけが、少しずつ茜色に染まり始めている。


 昨日、人で賑わっていた参道も、今は足音一つ響かない。


 潮の香りだけが静かに漂っていた。


 ◇


 海辺へ出ると、朱の大鳥居が朝焼けの中に立っていた。


 満ち潮。


 海面は鏡のように穏やかで、大鳥居の姿をそのまま映している。


 蒼真は堤防へ腰を下ろした。


 何も考えず、ただ景色を眺める。


 旅に出てから、こんな時間が好きになった。


 急がない朝。


 誰とも話さない朝。


 景色だけが語りかけてくる朝。


 ◇


 「早起きじゃの。」


 振り向くと、一人の老人が竹ぼうきを持って歩いていた。


 島で生まれ育ち、毎朝この浜を掃いているという。


 「毎日ですか?」


 蒼真が尋ねる。


 老人は笑って頷いた。


 「五十年になるかの。」


 「最初は父に連れられて。」


 「今はわし一人じゃ。」


 そう言いながら、浜に流れ着いた小枝や葉を丁寧に集めていく。


 「大変じゃないですか?」


 老人は首を横に振る。


 「神様のためじゃない。」


 「今日ここへ来る人が、気持ちよく歩けるようにな。」


 その言葉に、蒼真ははっとした。


 祈りとは、特別なことではない。


 誰かを思って続ける、小さな積み重ねなのだ。


 ◇


 やがて、澪たちも浜へやって来た。


 四人は老人と一緒に、少しだけ浜を掃く。


 陸は流木を運び、潮は砂に埋もれた枝を拾う。


 澪は落ち葉を集めながら笑う。


 「旅先で掃除をするなんて思わなかったね。」


 老人は優しく笑った。


 「旅人だからこそ、なんじゃよ。」


 「この島を好きになったなら、少しだけ恩返しをする。」


 「それだけで十分じゃ。」


 ◇


 掃除を終える頃には、朝日が海を黄金色に染めていた。


 潮が少しずつ満ちてくる。


 波が寄せるたび、大鳥居の足元に小さな音が響く。


 ちゃぷん。


 ちゃぷん。


 規則正しいその音を聞いていると、まるで誰かが静かに拍子を刻んでいるようだった。


 タケルが目を閉じる。


 「聞こえるか。」


 蒼真も耳を澄ませる。


 風でもない。


 鳥でもない。


 波の音に混じって、ごくかすかに人々の歌声のような響きがあった。


 それは昔の人々が祭りで歌った声なのか、それとも海が記憶している音なのか。


 誰にも分からない。


 けれど、不思議と懐かしかった。


 ◇


 老人は空を見上げる。


 「この島ではな。」


 「潮が満ちる音も、お参りの一つだと言う人がおる。」


 「海が毎日、神様へ挨拶をしとるんじゃと。」


 蒼真は静かに海を見つめた。


 神代の鍵は光らない。


 奇跡も起きない。


 でも、それでよかった。


 目の前には、千年以上変わらず繰り返されてきた景色がある。


 その景色こそが、この島の神話なのだから。


 ◇


 宿へ戻る道すがら、参道には少しずつ人が増え始めていた。


 修学旅行の学生。


 小さな子どもの手を引く家族。


 海外から訪れた旅行者。


 そして、静かに一礼して鳥居をくぐる地元の人。


 蒼真はその姿を見ながら、小さく笑った。


 「神様って……。」


 澪が振り向く。


 「どうしたの?」


 「こんなふうに毎日誰かが大切にしてくれる場所なら、ずっとここにいたくなるよね。」


 澪も穏やかに頷く。


 「だから、千年以上も受け継がれてきたんだね。」


 四人は朝日に照らされる参道を、ゆっくりと歩き始めた。


 今日もまた、この島で新しい出会いが待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ