表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第四章 海に浮かぶ神域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/117

第五十一話 朱の大鳥居

フェリーは静かに宮島へ近づいていた。


 瀬戸内海は穏やかで、空には白い雲がゆっくりと流れている。


 船首に立つ蒼真たちは、誰からともなく言葉を失っていた。


 海の向こうに、朱色の大鳥居が浮かんでいる。


 まるで海そのものが神域への参道になったようだった。


 「……本当に海の中に立ってる。」


 陸が小さくつぶやく。


 潮は目を細める。


 「写真で見たことはあったけど。」


 「本物は、全然違うね。」


 ◇


 フェリーが桟橋へ着くと、潮の香りに混じって木の匂いがした。


 桟橋には観光客だけでなく、島の人たちが買い物袋を提げて歩いている。


 学生服のまま自転車を押す高校生。


 仕事へ向かう人。


 犬を散歩させるおじいさん。


 ここは観光地である前に、人が暮らす島だった。


 「おじゃまします。」


 澪が小さくつぶやく。


 その言葉に三人も頷いた。


 旅先ではなく、誰かの日常へ入っていく。


 そんな気持ちを忘れたくなかった。


 ◇


 商店街へ入ると、焼きたてのもみじ饅頭の甘い香りが漂ってくる。


 店先では職人が生地を焼き、湯気がふわりと立ち上る。


 「一つ、焼きたてをどうぞ。」


 声をかけられ、四人は思わず顔を見合わせた。


 外はほんのり香ばしく、中には温かな餡。


 陸が目を丸くする。


 「これ……焼きたてもあるんだ!」


 店主が笑う。


 「島へ来たら、まずはこれじゃけぇ。」


 蒼真も一口食べ、思わず笑みをこぼした。


 「おいしい。」


 「旅先で食べるものって、その土地を好きになる理由の一つだね。」


 ◇


 商店街を抜けると、道端で一頭の鹿がのんびりと草を食んでいた。


 子どもたちが少し離れた場所から見守っている。


 「近づきすぎないようにね。」


 母親が優しく声をかける。


 潮が静かに言う。


 「人も鹿も、お互いの距離をちゃんと知ってるんだ。」


 源蔵が頷いた。


 「島で暮らすというのは、自然と折り合いをつけることでもある。」


 その言葉は、仙酔島で聞いた「島に挨拶をする」という教えと重なった。


 ◇


 午後、四人は海沿いの遊歩道を歩いた。


 潮が満ち始め、朱の大鳥居の足元へ波が寄せていく。


 蒼真は足を止めた。


 「朝とは景色が変わってる……。」


 「海は、同じ場所でも毎日違う顔を見せる。」


 タケルが穏やかに言う。


 「だから人は、何度もここへ帰ってくる。」


 ◇


 その時だった。


 神代の鍵が、ほんのりと温かくなる。


 しかし光は現れない。


 代わりに、海を渡る風が四人の間を吹き抜けた。


 風鈴のような、鈴のような、小さな音が聞こえた気がした。


 澪が空を見上げる。


 「……今、何か聞こえた?」


 誰も答えない。


 けれど四人とも、同じ音を聞いていた。


 それは神様の声ではなく、潮風が運んできた島の記憶のようだった。


 蒼真は胸の中でそっと思う。


 この島では、急がなくていい。


 景色も、人も、祈りも。


 ゆっくりと向き合えば、それだけで十分なのだ。


 朱の大鳥居は、夕暮れの光を受けながら、静かに海を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ