第四十九話 五色の浜
島を歩き続けると、森がゆるやかに開けた。
潮風が頬をなでる。
目の前には、小さな浜辺が広がっていた。
「わあ……。」
澪が思わず立ち止まる。
波は驚くほど穏やかで、陽の光を受けた海が青くきらめいている。
足元を見ると、浜辺いっぱいに色とりどりの小石が散りばめられていた。
白。
灰色。
赤茶色。
淡い緑。
黒。
まるで誰かが丁寧に並べたようだった。
「宝石みたい。」
潮はしゃがみ込み、小石を一つ手に取る。
源蔵が静かに話し始めた。
「この浜は、昔から五色の浜と呼ばれとる。」
「島の子どもは、小さい頃から教わるんじゃ。」
『石は持って帰らんように。』
『島の思い出は、心に持って帰りなさい。』
陸は手に取った丸い石を、そっと元の場所へ戻した。
「……うん。」
「ここにあるから、きれいなんだね。」
源蔵は嬉しそうに頷いた。
◇
四人は波打ち際に腰を下ろした。
誰も急いで話そうとはしない。
波が寄せては返す音だけが、静かに耳へ届く。
蒼真は旅のノートを開いた。
文字を書く代わりに、小さな丸い石を一つスケッチする。
その横に、短く書き添えた。
「持ち帰らない思い出ほど、忘れない。」
澪がその言葉を見て、優しく笑う。
「素敵。」
「旅日記って、その時の気持ちも残せるんだね。」
「写真じゃ書けないこともあるから。」
蒼真は少し照れくさそうに笑った。
◇
その時、小さな女の子が浜へやって来た。
バケツを持ち、貝殻を拾っている。
「あ、お兄ちゃんたち。」
「こんにちは。」
人懐っこい笑顔だった。
「こんにちは。」
陸が手を振る。
「何してるの?」
「おばあちゃんと工作するの。」
そう言って、きれいな貝殻を見せてくれた。
「これは?」
潮が尋ねる。
「島に落ちてるものだけで、夏のお飾りを作るんだよ。」
「毎年作るの。」
源蔵が目を細める。
「こういう遊びも、島の文化なんじゃ。」
◇
女の子は帰り際、蒼真たちに手を振った。
「また来てね!」
その何気ない一言が、四人の胸に温かく残る。
旅先で交わす「またね」は、不思議な力を持っている。
別れではなく、再会の約束になるからだ。
◇
帰り道。
森の木漏れ日を歩きながら、タケルがぽつりと呟いた。
「昔の神守も、この島を歩いた。」
蒼真が振り返る。
「その人たちも、歌を集めていたの?」
「いや。」
タケルは静かに首を振る。
「歌を集めるためではない。」
「人々が、歌を忘れていないか確かめるためだ。」
その言葉に、蒼真は足を止めた。
「じゃあ……。」
「俺たちも、同じなんだ。」
タケルは初めて少しだけ笑った。
「ああ。」
「お前たちは神話を探しているんじゃない。」
「神話を生きている人たちに、会いに来ている。」
その一言は、蒼真の胸に深く刻まれた。
神話とは、本の中だけにあるものではない。
祭りを守る人。
祠を掃く人。
島を愛する人。
子どもへ文化を伝える人。
そうした一人ひとりの暮らしの中で、今も静かに息づいている。
夕暮れが近づく頃、四人は船着き場へ戻った。
振り返ると、仙酔島は夕日に照らされ、金色に輝いていた。
蒼真は心の中でそっと一礼する。
「ありがとう。」
それは島への別れではなかった。
また帰ってきたい場所が、一つ増えたことへの感謝だった。




