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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第三章 潮待ちの港

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第四十五話 旅人の宿

灯籠流しを終えた港は、静かな夜を迎えていた。


 祭りほどの賑わいではない。


 それでも、人々の表情はどこか満たされている。


 灯が海へ流れていくたびに、誰かの願いもまた、海へ託されたのだろう。


 ◇


 「今日はよく歩いたなあ。」


 陸が大きく伸びをする。


 「明日は筋肉痛かも。」


 「金刀比羅宮の石段よりは楽だったでしょ。」


 潮が笑う。


 「それと比べるのは反則だよ。」


 四人は顔を見合わせて笑った。


 旅を始めた頃は、こんなふうに自然と笑い合うことは少なかった。


 いつの間にか、それが当たり前になっていた。


 ◇


 その夜、四人は港近くの小さな宿に泊まることになった。


 木の香りが残る古い建物。


 玄関には季節の花が飾られ、廊下は歩くたびに心地よく軋む。


 宿の女将が笑顔で迎えてくれた。


 「ようこそ。旅の皆さん。」


 「夕飯の前に、お風呂どうぞ。」


 「今日は港で船送りがあったから、お腹も空いたでしょう。」


 「ありがとうございます。」


 蒼真たちは頭を下げた。


 ◇


 夕食は、瀬戸内の恵みが並んでいた。


 焼きたての鯛。


 蛸のやわらか煮。


 地元の野菜を使った煮物。


 炊き立てのご飯。


 味噌汁から立ち上る湯気に、陸のお腹が鳴る。


 「いただきます!」


 勢いよく箸を伸ばす陸を見て、女将がくすりと笑った。


 「そんなに慌てなくても、逃げませんよ。」


 「でも、本当においしいです!」


 その一言に、女将の目尻が優しく下がった。


 ◇


 食後、縁側へ出ると、夜風が心地よかった。


 港の灯が遠くに揺れている。


 虫の声が静かに響く。


 潮が湯飲みを手に呟いた。


 「こういう時間って、いいね。」


 「うん。」


 蒼真も頷く。


 旅に出る前は、こんな夜を過ごすことはなかった。


 何かを急ぎ、何かを追いかけていた気がする。


 今は違う。


 立ち止まる時間も、旅の一部になっていた。


 ◇


 澪は御朱印帳を開く。


 そこには、旅で訪れた神社の印と、その日の日付が丁寧に記されていた。


 「増えてきたね。」


 蒼真が覗き込む。


 「うん。でもね。」


 澪は微笑む。


 「一番残ってるのは御朱印じゃないの。」


 「そこで会った人の顔。」


 その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。


 みんな同じことを思っていたからだ。


 ◇


 部屋へ戻ると、陸はもう布団に寝転んでいた。


 「明日はどこへ行くんだっけ?」


 蒼真は旅のノートを開く。


 まだ白いページがたくさんある。


 「源蔵さんが、朝に港へ来てほしいって。」


 「見せたいものがあるらしい。」


 「楽しみだね。」


 澪が灯りを消す。


 窓の外では、瀬戸内海の波が静かに岸を打っていた。


 その音は、まるで「ゆっくりでいい」と語りかけているようだった。


 蒼真は目を閉じる。


 今日出会った笑顔。


 灯籠の光。


 潮風。


 港の人々。


 そのすべてを胸に抱きながら、静かに眠りについた。

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