第四十四話 船送りの灯
朝日が、港を黄金色に染めていた。
潮は静かに満ち始めている。
昨日までとは違う風が吹いていた。
源蔵は空を見上げ、小さく頷く。
「今日は、いい船日和じゃ。」
◇
蒼真たちは港へ向かった。
岸壁では、大勢の人が集まっている。
子どもたちは色紙を切り、大人たちは細い竹を組み立てていた。
陸が首をかしげる。
「何を作ってるんですか?」
近くにいた女性が笑顔で答えた。
「船送りの灯籠よ。」
「昔から、この港では海の安全を願って、小さな灯籠船を流すの。」
◇
澪は手作りの灯籠を手に取る。
和紙には、一つひとつ違う絵が描かれていた。
波。
鯛。
カモメ。
家族の笑顔。
「全部違うんですね。」
「願いは人それぞれだからね。」
その言葉に、澪は優しく微笑んだ。
◇
「みんなも作っていきな。」
源蔵に勧められ、四人も席につく。
陸は勢いよく筆を持つ。
「俺、船描く!」
「相変わらず元気だね。」
潮が笑う。
蒼真は少し考えたあと、和紙に一つの鳥居を描いた。
海へ続く鳥居。
旅の途中で出会った景色だった。
澪は瀬戸内海に浮かぶ四つ葉のクローバーを描き、その横に小さく書いた。
『また会えますように』
誰か一人ではない。
旅で出会ったすべての人への願いだった。
◇
昼になると、町には笛と太鼓の音が響き始めた。
大きな祭りではない。
けれど、町の人たちが自然と集まり、笑顔で準備をしている。
蒼真はその様子を見ながら思う。
「祭りって、特別な日じゃなくて……。」
源蔵が続きを話す。
「人が誰かを思い出す日なんじゃ。」
「海を。」
「家族を。」
「帰ってこられなかった人を。」
「そして、また帰ってくる人を。」
◇
夕方。
港は静かな期待に包まれていた。
灯籠に一つ、また一つと火が灯る。
オレンジ色の小さな明かりが、海辺に並ぶ。
その光景を見た蒼真の胸で、神代の鍵が温かく脈打った。
だが、今回は誰にも見えないほど穏やかな光だった。
まるで、この町の灯と一緒に呼吸しているように。
タケルが静かに微笑む。
「そうだ。」
「神話とは、こういうものだ。」
蒼真は振り返る。
「え?」
「神話は、遠い昔の物語ではない。」
「今日という日を、大切に生きる人の中で育つものだ。」
その言葉を聞いた蒼真は、小さく頷いた。
旅を始めた頃には分からなかった。
神々を探していたはずなのに、今は人々の笑顔を探している。
そして、その笑顔の先に、いつも神様がいた。
◇
やがて日が暮れる。
港の人々は静かに海へ向き直る。
「行こう。」
源蔵の一声で、灯籠船がそっと海へ浮かべられた。
一艘。
また一艘。
ゆっくりと潮に乗って沖へ流れていく。
無数の灯が、夜の瀬戸内海を優しく照らす。
その美しさに、誰も言葉を発しなかった。
ただ、波の音だけが聞こえる。
その時。
神代の鍵が、これまでで一番穏やかな光を放った。
海の上に、金色の航路が浮かび上がる。
灯籠の灯は、その航路に寄り添うように西へ流れていく。
蒼真には、その光の向こうに、多くの人影が見えた。
昔の船乗り。
巫女。
旅人。
漁師。
神守。
時代を越えて、この海を渡ってきた人々。
皆、同じ光を見つめていた。
タケルが静かに呟く。
「神代の航路は、人の願いでできている。」
蒼真は胸に手を当てる。
神代の鍵はもう、何かを探してはいなかった。
人々の祈りに応えるように、静かに輝いていた。
その夜、瀬戸内海には、風ではなく願いが流れていた。




