第四十一話 潮を待つ港
瀬戸内海には、不思議な時間が流れている。
島と島を結ぶ船。
行き交う漁船。
穏やかな波。
そして。
潮が満ちるまで待つ港。
昔から、人々は海と共に暮らしてきた。
急ぐのではなく。
海のリズムに合わせて生きてきたのだ。
◇
高屋神社を後にした蒼真たちは、香川から船で西へ向かっていた。
船首に立つ蒼真は、潮風を胸いっぱいに吸い込む。
振り返れば、小豆島や香川の山並みが霞んで見える。
これまで旅してきた場所が、一つの景色になっていた。
◇
澪が隣へやって来る。
「見て。」
指差した先には、大小さまざまな島々。
まるで海に浮かぶ星のようだった。
「瀬戸内海って、本当に島が多いね。」
「だから昔は、この海が道だったんだろうな。」
蒼真がそう言うと、タケルが静かに頷く。
「神代の航路は、今も残っている。」
「見えなくなっただけだ。」
◇
神代の鍵が、かすかに温かくなる。
だが、まだ光らない。
まるで何かを待っているようだった。
◇
昼過ぎ。
船は静かな港へ近づいていく。
入り江の奥に家々が並び、石畳の坂道が山へと続く。
海沿いには古い常夜灯。
木造の町家。
潮の香りをまとった町並み。
「きれい……。」
澪が思わず息を呑む。
陸は港に並ぶ漁船を見ながら笑う。
「時間が止まってるみたいだ。」
◇
ここは、鞆の浦。
古くから「潮待ちの港」として知られた港町。
潮の流れが変わるのを待ち、風向きが変わるのを待ち、多くの船がここで旅を続けてきた。
神々もまた、この港で海を渡る時を待ったという言い伝えが残っている。
◇
港へ降り立つと、どこからか祭囃子のような笛の音が聞こえてきた。
蒼真が振り向く。
だが、そこには誰もいない。
音だけが風に乗って流れていく。
◇
その瞬間。
神代の鍵が静かに光った。
黄金の文字が、潮風の中に浮かび上がる。
――風を急ぐな。
――潮を急ぐな。
――待つ者だけが、次の歌へ辿り着く。
◇
「待つ……。」
蒼真はその言葉を繰り返した。
これまでの旅は、導かれるままに進んできた。
でも、この港は違う。
ここでは「待つこと」そのものに意味がある。
その時、港の奥から一艘の古い木造船がゆっくりと入ってきた。
船を操る白髪の老人が、蒼真たちを見て穏やかに笑う。
「おや、お客さんか。」
「いい時に来たな。」
老人は海を見上げて言った。
「今日は、潮が変わる日じゃ。」
その一言に、タケルの表情がわずかに引き締まる。
「……始まるぞ。」
蒼真は静かな港を見渡した。
穏やかな海。
優しい潮風。
けれど、その奥には、まだ誰も知らない神話が眠っている。




