第三十九話 天使の渡る道
祭りの翌朝。
小豆島には、穏やかな風が吹いていた。
昨夜まで賑わっていた港は静けさを取り戻し、人々は提灯を外したり、屋台を片付けたりしている。
けれど、その表情はどれも明るかった。
祭りが終わった寂しさではない。
「また来年もやろう」
そんな約束が島中に生まれていた。
◇
蒼真たちは港へ向かう。
フェリーの出航まで、まだ少し時間がある。
港には、ひまりと島の人たちが見送りに来てくれていた。
「本当にありがとう」
ひまりが深く頭を下げる。
「俺たちは少し手伝っただけだよ」
蒼真が照れくさそうに笑う。
「違うよ」
ひまりは首を振る。
「思い出させてくれたんだもん。」
「この島には、まだ火が残ってるって。」
その言葉に、島の人たちも静かに頷いた。
「来年も来てね!」
子どもたちが手を振る。
陸も大きく手を振り返した。
「もちろん! その時は屋台も全部回る!」
「結局それなんだね」
澪が笑うと、港は優しい笑い声に包まれた。
見送りに来ていた年配の漁師が言う。
「まだ船まで時間がある。」
「せっかくだから、エンジェルロードを歩いていきな。」
「今日は潮の引きがちょうどええ。」
蒼真たちは顔を見合わせる。
「行ってみよう。」
◇
海岸へ着くと、潮は大きく引いていた。
青い海の中に、白い砂の道が一本だけ現れている。
エンジェルロード。
まるで海が「どうぞ」と道を開いてくれたようだった。
「……すごい。」
澪が思わず足を止める。
「本当に海の上を歩けるんだ。」
蒼真も静かに頷いた。
波は穏やかで、空の青さを映している。
遠くには、瀬戸内海の島々が幾重にも重なって見えた。
「こういう道を、昔の人も渡ったのかな。」
蒼真が呟く。
潮はゆっくりと海を見つめた。
「干潮を見計らって島を行き来した人もいただろうね。」
「海は境界じゃない。」
「人と人を繋ぐ道でもあったんだ。」
その言葉は、これまで巡ってきた旅の意味と重なって聞こえた。
道を歩いていると、自然と二組に分かれた。
前には陸と潮。
少し後ろを、蒼真と澪が歩く。
波が静かに寄せては返す。
「ねえ。」
澪が口を開いた。
「旅が終わったら、蒼真くんは何がしたい?」
突然の問いに、蒼真は少し考え込む。
「……まだ分からない。」
「でも、旅を始める前とは違う景色が見えてる気がする。」
澪は嬉しそうに微笑んだ。
「私も。」
「きっと、この旅は終わっても終わらないんだろうね。」
蒼真はその意味を考えながら、小さく頷いた。
道の先にある小島へ辿り着く。
そこには、小さな祠が静かに建っていた。
風が吹く。
その瞬間。
神代の鍵が、柔らかな金色の光を放った。
海面にも光が走る。
一本。
また一本。
光の筋が海の上へ伸びていく。
淡路島。
鳴門。
小豆島。
さらに西へ。
島から島へ。
光は瀬戸内海を結び、まるで見えない道を描いていた。
蒼真は息を呑む。
「これが……神代の航路。」
タケルが静かに頷く。
「神々だけの道ではない。」
「人が祈りを運び、文化を伝え、祭りを繋いできた道だ。」
「お前たちは、その続きを歩いている。」
◇
鍵がもう一度輝く。
空へ金色の文字が浮かび上がった。
――空を仰げ
――西へ進め
――天空の鳥居で待つ
光はゆっくりと西の空へ消えていく。
蒼真たちはその方向を見つめた。
瀬戸内の旅は、まだ終わらない。
むしろ、ここからが本当の始まりなのだ。




