第三十八話 祭り火の夜
祭りの日が来た。
朝から島は落ち着かない空気に包まれていた。
久しぶりだから。
何十年ぶりだから。
誰もが少し不安で。
少し楽しみだった。
港には提灯が吊るされる。
商店の軒先にも灯りが飾られる。
子どもたちは走り回り。
大人たちは準備に追われる。
島が目を覚ましていく。
そんな光景だった。
午後。
火守の社。
ひまりは社殿の前に立っていた。
白い装束。
赤い袴。
初めて見るほど真剣な顔をしている。
「緊張してる?」
澪が聞く。
「少し」
ひまりは笑った。
「でも嬉しい」
社の前では。
古い火鉢から移された祭り火が静かに燃えている。
小さな火。
けれど。
島中の願いが込められた火だった。
◇
夕暮れ。
空が茜色に染まる。
太鼓が鳴った。
ドン――
ドン――
ドン――
その音に。
島の人々が顔を上げる。
始まる。
祭りが。
先頭を歩くのはひまり。
その手には祭り火。
続いて島の人々。
松明が灯る。
提灯が揺れる。
長い列が島の道を進んでいく。
蒼真たちもその列に加わっていた。
「綺麗だな」
蒼真が呟く。
澪が頷く。
「うん」
それ以上の言葉が出ない。
本当に綺麗だった。
◇
港へ辿り着く。
祭りの終着点。
海は夕闇に包まれていた。
その時。
神代の鍵が光る。
蒼真だけではない。
潮の勾玉も。
ひまりの祭り火も。
すべてが共鳴していた。
風が吹く。
海が輝く。
そして。
港の沖に光が現れた。
「見て!」
子どもが叫ぶ。
誰もが海を見る。
無数の光。
それは船だった。
昔の船。
神代の船。
黄金の灯を乗せた船団が。
海の上を静かに進んでいる。
神代の航路。
かつて神々と人々が往来した道。
その記憶が姿を現していた。
誰も声を出さない。
ただ見つめる。
ひまりの目から涙がこぼれる。
「帰ってきた……」
その言葉と同時に。
祭り火が大きく燃え上がった。
赤く。
金色に。
優しく。
そして。
第三の歌の最後の一節が響く。
歌っているのは神ではない。
島の人々だった。
老人も。
若者も。
子どもも。
受け継がれなかったはずの歌。
忘れられたはずの歌。
それが今。
人々の声で完成する。
神代の鍵が眩く輝いた。
空へ金色の文字が浮かぶ。
――第三の歌
――祭りの歌
鍵の中へ吸い込まれていく。
これで三つ。
春の歌。
海の歌。
祭りの歌。
神代の航路は確かに繋がり始めていた。
◇
祭りが終わったあと。
港で。
蒼真は一人海を見ていた。
その隣にタケルが立つ。
「よくやったな」
「俺たちだけじゃないよ」
蒼真は答える。
「みんなのおかげだ」
タケルは満足そうに笑った。
「それでいい」
神代の鍵が静かに光る。
そこに新たな文字が浮かんだ。
――天空の鳥居へ
――西への道を示そう
◇
蒼真は目を見開く。
次の目的地。
香川の西。
瀬戸内海を見下ろす場所。
そこには新たな導きが待っている。
そして。
その先には。
出雲へ続く道が。




