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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第二章 渦潮の神

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第三十八話 祭り火の夜

 祭りの日が来た。

 朝から島は落ち着かない空気に包まれていた。

 久しぶりだから。

 何十年ぶりだから。

 誰もが少し不安で。

 少し楽しみだった。


 港には提灯が吊るされる。

 商店の軒先にも灯りが飾られる。

 子どもたちは走り回り。

 大人たちは準備に追われる。


 島が目を覚ましていく。

 そんな光景だった。


 午後。

 火守の社。

 ひまりは社殿の前に立っていた。

 白い装束。

 赤い袴。

 初めて見るほど真剣な顔をしている。


「緊張してる?」

 澪が聞く。

「少し」

 ひまりは笑った。

「でも嬉しい」

 社の前では。

 古い火鉢から移された祭り火が静かに燃えている。


 小さな火。

 けれど。

 島中の願いが込められた火だった。



 夕暮れ。

 空が茜色に染まる。


 太鼓が鳴った。

 ドン――

 ドン――

 ドン――

 その音に。

 島の人々が顔を上げる。


 始まる。

 祭りが。


 先頭を歩くのはひまり。

 その手には祭り火。

 続いて島の人々。

 松明が灯る。

 提灯が揺れる。


 長い列が島の道を進んでいく。

 蒼真たちもその列に加わっていた。


「綺麗だな」

 蒼真が呟く。

 澪が頷く。

「うん」

 それ以上の言葉が出ない。

 本当に綺麗だった。



 港へ辿り着く。

 祭りの終着点。

 海は夕闇に包まれていた。


 その時。

 神代の鍵が光る。


 蒼真だけではない。

 潮の勾玉も。

 ひまりの祭り火も。

 すべてが共鳴していた。


 風が吹く。

 海が輝く。


 そして。

 港の沖に光が現れた。


「見て!」

 子どもが叫ぶ。

 誰もが海を見る。


 無数の光。

 それは船だった。

 昔の船。

 神代の船。


 黄金の灯を乗せた船団が。

 海の上を静かに進んでいる。


 神代の航路。

 かつて神々と人々が往来した道。

 その記憶が姿を現していた。

 誰も声を出さない。

 ただ見つめる。


 ひまりの目から涙がこぼれる。

「帰ってきた……」

 その言葉と同時に。

 祭り火が大きく燃え上がった。


 赤く。

 金色に。

 優しく。

 そして。

 第三の歌の最後の一節が響く。


 歌っているのは神ではない。

 島の人々だった。


 老人も。

 若者も。

 子どもも。


 受け継がれなかったはずの歌。

 忘れられたはずの歌。

 それが今。

 人々の声で完成する。


 神代の鍵が眩く輝いた。

 空へ金色の文字が浮かぶ。


 ――第三の歌

 ――祭りの歌


 鍵の中へ吸い込まれていく。


 これで三つ。

 春の歌。

 海の歌。

 祭りの歌。

 神代の航路は確かに繋がり始めていた。


 ◇


 祭りが終わったあと。

 港で。

 蒼真は一人海を見ていた。

 その隣にタケルが立つ。


「よくやったな」

「俺たちだけじゃないよ」

 蒼真は答える。

「みんなのおかげだ」

 タケルは満足そうに笑った。

「それでいい」


 神代の鍵が静かに光る。

 そこに新たな文字が浮かんだ。


 ――天空の鳥居へ

 ――西への道を示そう


 ◇


 蒼真は目を見開く。

 次の目的地。

 香川の西。

 瀬戸内海を見下ろす場所。


 そこには新たな導きが待っている。

 そして。

 その先には。

 出雲へ続く道が。

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