第三十七話 祭りをもう一度
朝日が小豆島を照らしていた。
山を下る蒼真たちの足取りは軽い。
第三の歌は見つかった。
祭火神も救われた。
だが。
まだ終わりではない。
祭りは神様のためだけのものではない。
人のためのものだ。
ならば。
もう一度人々のもとへ灯を届けなければならない。
火守の社へ戻ると。
ひまりはすぐに島の集会所へ向かった。
蒼真たちも後を追う。
集会所には数人の島民が集まっていた。
漁師。
農家。
商店の店主。
皆、顔見知りらしい。
「ひまりちゃん?」
「どうしたんだい朝から」
年配の女性が声をかける。
ひまりは深呼吸した。
「祭りをやろう」
部屋が静かになる。
「え?」
「祭り火の祭り」
誰も言葉を返せない。
その沈黙には驚きもあった。
だが。
どこか懐かしさも混じっていた。
◇
「今さら無理だよ」
誰かが言う。
「人もいない」
「担ぐ人もいない」
「準備もできない」
もっともな意見だった。
祭りは願うだけで復活しない。
人の力が必要だ。
ひまりは俯く。
その時。
蒼真が前へ出た。
「だったら小さく始めればいい」
全員が振り返る。
「昔と同じじゃなくてもいい」
「全部戻せなくてもいい」
「でも」
蒼真は続ける。
「一回やれば思い出せるかもしれない」
その言葉に。
集会所の空気が少し変わる。
潮も口を開いた。
「残っている道具はあるんですよね」
「あるにはあるが……」
「なら十分です」
澪も頷く。
「祭りって完璧じゃなくても楽しいものだと思います」
陸も手を挙げた。
「力仕事なら任せてください」
「おお」
「そこだけは頼もしい」
笑いが起きた。
その笑い声が。
最初の火種だった。
一人が言う。
「太鼓なら倉庫に残っとるぞ」
別の人が言う。
「提灯もあったな」
「祭り歌を覚えてる人もいるかもしれん」
少しずつ。
少しずつ。
人々が話し始める。
忘れていた記憶を掘り起こすように。
◇
その日の午後。
島中が慌ただしくなった。
倉庫の掃除。
提灯の修理。
古い太鼓の手入れ。
蒼真たちも手伝う。
陸は大きな木材を運び。
潮は古文書を整理し。
澪は子どもたちと提灯を飾る。
蒼真は港で出会った老人を探していた。
網を繕っていたあの老人。
祭りを諦めたように話していた人。
港へ行くと。
老人は今日も海を見ていた。
「祭りをやることになりました」
蒼真が言う。
老人は黙る。
しばらく何も言わない。
やがて。
小さく笑った。
「馬鹿だなあ」
その声は優しかった。
「本当に馬鹿だ」
立ち上がる。
「倉庫の鍵ならワシが持っとる」
蒼真は思わず笑った。
老人も笑っていた。
祭りは。
もう始まっている。
人の心の中で。
静かに。
確かに。
そして夜。
神代の鍵が淡く光る。
第三の歌は完成していた。
だが。
まだ最後の一節が欠けている。
それは神ではなく。
人が歌うべき部分だった。
明日。
祭りの日。
その時こそ。
第三の歌は本当に完成する。




