第三十六話 灯を繋ぐ者たち
祭りの歌が夜空へ響く。
優しく。
温かく。
まるで遠い昔から吹いてきた風のように。
金色の火の粉が舞う。
広場を包み込む。
祭火神の姿は少しずつ変わっていた。
荒れ狂う炎ではない。
人々を照らす灯火へ。
その瞳から。
寂しさが薄れていく。
蒼真は歌いながら気づいた。
この歌は神へ捧げる歌ではない。
人から人へ渡す歌だ。
祖父から孫へ。
親から子へ。
友から友へ。
受け継がれる願いそのもの。
◇
やがて。
祭火神の身体が光へ溶け始める。
ひまりが息を呑んだ。
「待って……」
祭火神はひまりを見る。
その眼差しは。
親が子を見るように優しかった。
『ありがとう』
初めて言葉が聞こえた。
声ではない。
心へ届く言葉だった。
『忘れないでいてくれて』
ひまりの目に涙が浮かぶ。
「私だけじゃないよ」
「島のみんなも」
「本当は忘れてない」
祭火神は静かに頷く。
『知っている』
炎が優しく揺れた。
『だから待てた』
その瞬間。
神代の鍵が強く輝く。
第三の歌が形になる。
金色の文字が空へ浮かび上がる。
――祭りの歌
――灯を繋ぐ者の歌
春の歌。
海の歌。
祭りの歌。
三つの歌が共鳴する。
鍵の中に新たな光が宿った。
その時だった。
広場の周囲に人影が現れる。
昔の祭り人たちだった。
火を担いだ若者。
太鼓を叩く男。
歌う女性。
笑う子どもたち。
記憶の残滓。
かつてここで生きた人々。
誰も言葉を発しない。
ただ穏やかに微笑んでいる。
そして。
一人の老人が前へ出た。
蒼真は気づく。
祭りが途絶えた日の記憶にいた老人だった。
老人は火鉢へ近づく。
『頼む』
静かな声。
『次はお前たちが繋いでくれ』
ひまりが大きく頷いた。
「うん」
「絶対に」
老人は安心したように笑う。
そして光となって消えていった。
◇
夜明けが近づいていた。
東の空が少しずつ明るくなる。
祭火神の姿も。
ゆっくり光へ還っていく。
『祭りは火ではない』
最後の言葉。
『人の心だ』
『だから消えない』
光が空へ昇る。
そして。
祭火神は夜明けの空へ溶けていった。
静寂が訪れる。
だが。
広場の中央には変化があった。
巨大な火鉢の中。
灰の下に埋もれていた火種が。
再び灯っていた。
小さく。
けれど確かに。
ひまりが涙を拭う。
「帰ろう」
「みんなに知らせなきゃ」
蒼真たちは頷いた。
祭りはまだ終わっていない。
むしろ。
今から始まるのだ。
朝日が小豆島を照らす。
その光は新しい灯火の始まりのようだった。




