第三十五話 祭りの歌
炎が夜空へ駆け上がる。
赤く。
金色に。
無数の火の粉を散らしながら。
それはまるで。
かつて祭りの日に灯された松明の光だった。
祭火神が吠える。
その声に合わせるように。
広場の景色が揺らいだ。
「来るぞ!」
潮が叫ぶ。
次の瞬間。
世界が変わった。
蒼真たちが立っていたのは。
同じ広場だった。
しかし。
時間が違う。
夜だった。
祭りの夜。
太鼓の音が響く。
笛の音が流れる。
人々の笑顔。
屋台。
子どもたちの声。
「これは……」
澪が目を見開く。
「昔の記憶だ」
タケルが言う。
祭火神が見せている。
失われた祭りの記憶を。
人々が火を囲んでいる。
手には松明。
老人も。
若者も。
子どもも。
皆が同じ歌を歌っていた。
温かい歌だった。
豊作を願う歌。
無事を祈る歌。
帰る場所を守る歌。
その光景を見ているだけで。
胸が温かくなる。
だが。
景色が揺らぐ。
人影が減っていく。
一人。
また一人。
祭りへ来る人が減る。
歌う人が減る。
火を運ぶ人が減る。
やがて。
広場には数人しか残らなくなる。
太鼓も止まる。
笛も消える。
最後に。
一人の老人が火を見つめていた。
その姿はどこか。
港で出会った老人に似ていた。
『すまんな』
老人は火へ向かって呟く。
『守り切れんかった』
火が小さく揺れる。
そして。
祭りの記憶は途切れた。
◇
再び広場へ戻る。
祭火神はそこにいた。
炎の身体が揺れている。
怒っているわけではない。
泣いているのだ。
「忘れられたんじゃない」
蒼真は言った。
「違う」
祭火神が見つめる。
「みんな守れなかったことを悔やんでた」
祭火神の炎が揺れる。
「誰も祭りを嫌いになったわけじゃない」
蒼真は一歩前へ出る。
「ただ続けられなかっただけだ」
風が吹く。
灰が舞う。
「でも」
蒼真は火鉢を見る。
灰の下。
まだ残る火種。
「残ってる」
「火も」
「願いも」
祭火神の瞳が揺れる。
その時。
ひまりが前へ出た。
「私も覚えてる」
小さな声。
だが真っ直ぐだった。
「ずっと待ってた」
「また歌える日を」
炎が静かになる。
神代の鍵が輝く。
春の歌。
海の歌。
二つの歌が重なる。
そして。
どこからか。
第三の旋律が聞こえた。
祭りの歌。
人が人を想う歌。
帰る場所を守る歌。
受け継ぐための歌。
ひまりが歌い始める。
澪も。
潮も。
陸も。
蒼真も。
言葉は知らない。
でも不思議と歌えた。
◇
祭火神の身体が光へ変わる。
赤い炎が優しい金色へ変わる。
夜空に無数の火の粉が舞う。
まるで祭りの日の灯りのように。
その中心で。
第三の歌が完成しようとしていた。




