第三十四話 灰の下の火
赤い光は山の奥から立ち昇っていた。
夕焼けの色とは違う。
もっと深く。
もっと重い色。
長い年月を燃やし続けた炭火のような光だった。
火守の社を後にし。
蒼真たちは山道を進む。
少女も一緒だった。
「そういえば名前を聞いてなかった」
蒼真が言う。
少女は少し驚いた顔をする。
そして小さく笑った。
「ひまり」
「ひまり?」
「うん」
その名は不思議と彼女に似合っていた。
陽だまりのような。
温かな響きだった。
◇
山道は次第に険しくなる。
古い石畳。
崩れかけた祠。
誰も通らなくなった参道。
かつて祭りの時には。
大勢の人が歩いた道だったのかもしれない。
潮がしゃがみ込む。
「見て」
地面に何かが刻まれていた。
円を描くような模様。
その周囲に並ぶ人影。
「祭りの行列かな」
澪が言う。
ひまりは静かに頷いた。
「昔の人たちは火を囲んで歌ったんだよ」
「歌?」
「第三の歌」
神代の鍵が微かに震えた。
どうやら間違いない。
この島に眠る歌。
それは祭りそのものと結び付いている。
◇
やがて。
一行は山頂近くの広場へ辿り着く。
そこで全員が足を止めた。
「これは……」
蒼真が息を呑む。
広場の中央。
巨大な火鉢があった。
祭りで使われていたものだろう。
人の背丈ほどもある。
しかし。
その中にあるのは炎ではない。
灰だった。
真っ黒な灰。
何十年も積もったような灰。
風が吹く。
灰が舞う。
その瞬間。
耳元で声が聞こえた。
――帰れ
蒼真が振り返る。
誰もいない。
だが。
声は続く。
――誰も来なかった
――誰も覚えていない
灰の中から響いてくる。
ひまりが悲しそうな顔をする。
「ずっとこうなの」
「この神様は怒ってるの?」
澪が聞く。
ひまりは首を振った。
「違う」
「寂しいんだよ」
誰も言葉を返せなかった。
寂しさ。
忘れられること。
それは今まで出会った神々にも共通していた。
蒼真は火鉢へ近づく。
すると。
灰の奥に何かが見えた。
小さな赤い光。
「残ってる……」
完全には消えていない。
ほんの小さな火種が。
今も生きていた。
その時だった。
ゴォォォォッ!!
灰が吹き上がる。
広場全体が揺れた。
赤い炎が渦を巻く。
火鉢の中から。
巨大な影が立ち上がった。
鹿にも見える。
龍にも見える。
獅子にも見える。
炎そのものが形を持ったような存在。
その瞳だけが。
どこまでも寂しそうだった。
神代の鍵が激しく光る。
文字が浮かび上がる。
――祭火神
――歌を忘れた守り神
タケルが前へ出る。
「やはりお前だったか」
炎の神が咆哮する。
その声は怒りではない。
悲鳴だった。
長い年月。
誰にも届かなかった願い。
誰にも聞かれなかった歌。
蒼真は勾玉を握る。
春の歌。
海の歌。
二つの歌が共鳴する。
そして蒼真は静かに言った。
「今度は忘れない」
炎の神の瞳が揺れる。
「だから――」
勾玉が輝く。
神代の鍵が鳴る。
「あなたの歌を聞かせてくれ」
炎が天へと舞い上がる。
第三の試練が始まる。




