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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第二章 渦潮の神

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第三十三話 火を守る少女

 丘の上を風が吹き抜ける。

 オリーブの葉が揺れ。

 陽光がきらめく。


 その中で。

 一人の少女が静かに立っていた。


 白い着物。

 赤い組紐。

 長い黒髪。


 そして足元には。

 小さな火。

 不思議な炎だった。

 燃えているのに煙がない。

 風が吹いても揺らがない。


 ◇


 蒼真たちは石段を上る。

 少女は逃げない。

 ただ待っている。

 ずっと前から知っていたように。


「遅かったね」

 少女は微笑んだ。

「俺たちを知ってるの?」

 蒼真が尋ねる。


「知ってるよ」

 少女は頷く。

「春の歌を見つけた人」

「海の歌を還した人」


 神代の鍵が淡く光った。


 澪が息を呑む。

「歌のことを知ってる……」


 少女は社へ視線を向ける。

「だって私が守っているものだから」



 社は小さかった。

 苔むした石段。

 古びた鳥居。

 名も消えかけた額。


 だが。

 境内だけは不思議と温かい。

 まるで誰かが毎日手入れしているようだった。


 少女は社の前へ座る。

「ここは火守の社」


「火守?」

「昔、この島には大きなお祭りがあったの」

 少女の声は穏やかだった。


「海へ出る人が無事に帰れるように」

「島の子どもたちが元気に育つように」

「次の春も来るように」

「みんなで火を繋いでいた」


 蒼真は静かに聞いていた。

 祭り。

 祈り。

 願い。

 これまで出会った物語と同じだ。


 だが。

 少女の表情は少しだけ寂しい。

「でも途絶えた」


 風が吹く。

「人が減った」

「若い人が島を出た」

「火を運ぶ人もいなくなった」

「だから祭りは終わった」


 小さな炎が揺れる。

 初めて。

 少しだけ。


「それでも」

 蒼真が言う。

「火は残ってる」


 ◇


 少女は目を見開いた。

「そうだね」


 その笑顔は。

 どこか救われたようだった。


「だから待ってた」

「俺たちを?」

「ううん」

 少女は首を振る。

「火を思い出してくれる人を」


 その言葉に。

 誰も返事ができなかった。


 祭りは賑やかなものだ。

 だが。

 本当に消えるのは祭りそのものではない。


 思い出す人がいなくなること。

 それが一番怖い。


 その時だった。

 神代の鍵が強く光る。

 金色の文字が浮かぶ。


 ――灰の下へ

 ――忘れられた火を探せ


 社の奥から風が吹く。

 ゴォ……


 どこか遠くで。

 焚き火の燃える音が聞こえた。


 少女の表情が変わる。

「始まった」

「何が?」


 少女は社の裏山を見る。

「火を忘れた神様が目を覚ました」


 空気が張り詰める。

 タケルがゆっくり立ち上がる。

「やはりそうか」

 潮も勾玉へ手を伸ばす。


 遠く。

 山の奥から赤い光が立ち昇る。

 夕焼けではない。

 炎だ。


 忘れられた祭りの火。

 長い孤独の中で歪んでしまった神。


 第三の歌を守る存在が。

 今。

 蒼真たちの前へ姿を現そうとしていた。


 少女は静かに言う。

「お願い」

「今度こそ、あの火を還して」


 小さな炎が揺れる。

 その光は。

 どこか人の願いに似ていた。

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