第三十二話 オリーブの島へ
高松港は朝から賑わっていた。
通勤客。
観光客。
島へ帰る人々。
様々な人が行き交っている。
蒼真たちはフェリー乗り場へ向かっていた。
目的地は――
小豆島。
「小さな島へ行くの久しぶりだな」
蒼真が言う。
「凪島以来?」
澪が聞く。
「そうかも」
あの島から全てが始まった。
神守の勾玉。
潮との再会。
神代の航路。
まだ数か月しか経っていないのに。
ずっと昔のことのように感じる。
◇
フェリーが出港する。
低いエンジン音。
潮風。
白い航跡。
瀬戸内海は今日も穏やかだった。
陸は甲板に立ち。
海を眺めている。
「気持ちいいな」
「珍しい」
潮が言う。
「何が?」
「食べ物のこと考えてない」
「失礼だな」
その直後。
売店を見つけた。
「ソフトクリームある」
「やっぱり」
潮が呟く。
◇
一時間ほどして。
島影が近づいてくる。
青い海の向こう。
緑豊かな山々。
段々畑。
白い家並み。
小豆島だった。
「綺麗……」
澪が思わず呟く。
蒼真も同じことを思っていた。
どこか懐かしい。
瀬戸内の島々に共通する空気。
だが。
ここにはまた違う時間が流れている。
◇
昼前。
土庄港へ到着する。
港には観光客も多い。
お土産屋。
レンタサイクル。
島へ来たという実感が湧く。
しかし。
神代の鍵は静かなままだった。
タケルが言う。
「急がなくていい」
「珍しいな」
陸が言う。
「神様が観光すすめるの」
タケルは笑った。
「土地を知ることも旅だ」
その言葉に。
蒼真は少し祖母を思い出した。
旅先で急がない人だった。
神社だけではなく。
商店街も歩いた。
市場も見た。
地元の人とも話した。
その土地の暮らしを知ることが大事だと。
いつも言っていた。
◇
午後。
一行は海沿いの道を歩いていた。
オリーブの木々が並ぶ。
潮風に葉が揺れる。
その景色はどこか異国のようだった。
「日本じゃないみたい」
澪が言う。
「分かる」
蒼真も頷く。
その時だった。
神代の鍵が微かに震えた。
全員が立ち止まる。
光は弱い。
しかし確かに反応している。
◇
風が吹く。
そして。
どこからか。
歌が聞こえた。
誰かが歌っている。
懐かしい旋律。
春呼びの唄に似ている。
だが違う。
もっと温かい。
まるで焚き火のような歌だった。
蒼真は振り返る。
丘の上。
古い石段の先。
小さな社が見えた。
その前に。
一人の少女が立っている。
白い着物。
赤い紐。
長い黒髪。
鳴門で見た記憶の少女ではない。
だが。
神の気配をまとっていた。
少女はこちらを見つめる。
そして。
静かに微笑んだ。
「遅かったね」
風が吹く。
オリーブの葉が揺れる。
少女の足元には。
小さな火が灯っていた。
まるで何百年も消えずに燃え続けてきたかのように。
第三の歌。
祭り火。
その物語が今。
静かに始まろうとしていた。




