第二十六話 渦底の記憶
鳴門へ着いたのは午後だった。
港には観光客の姿も多い。
土産物店。
海鮮を扱う店。
行き交う人々。
活気にあふれている。
しかし蒼真の胸は落ち着かなかった。
船の上で見た幻。
あの人物の声が頭から離れない。
「蒼真?」
潮が隣へ来る。
「顔色悪い」
「そんなに分かる?」
「分かる」
即答だった。
潮は少しだけ考える。
そして。
「話したくなったら聞く」
それだけ言った。
蒼真は少し救われた気持ちになる。
潮は昔からこうだった。
無理に聞かない。
でも離れない。
その様子を見ていた澪が少しだけ頬を膨らませる。
陸は見逃さなかった。
もちろん蒼真は気づかない。
◇
宿へ荷物を置いたあと。
一行は海峡近くの高台へ向かった。
そこからは渦潮が見える。
眼下に広がる海。
白く巻く潮流。
巨大な渦。
自然の力とは思えない迫力だった。
「すご……」
澪が息を呑む。
その時。
神代の鍵が強く光る。
渦潮の中心。
そこから青白い光が立ち上った。
周囲の人々には見えていない。
蒼真たちだけが見ていた。
◇
タケルが静かに言う。
「入口が開く」
「入口?」
陸が聞く。
「記憶の海への」
風が強くなる。
空気が震える。
そして。
蒼真の足元から光が広がった。
潮。
陸。
澪。
全員を包み込む。
◇
世界が反転する。
目を開く。
そこは海の底だった。
だが苦しくない。
水の中なのに呼吸ができる。
空のような海。
海のような空。
不思議な世界。
「ここが……」
澪が呟く。
タケルが頷く。
「記憶の海」
周囲には無数の光が漂っている。
小さな灯火。
人々の記憶。
神話。
祭り。
願い。
忘れられた物語たちが眠る場所だった。
蒼真はその光景に見入る。
その時。
一つの光が近づいてきた。
光は映像になる。
小さな男の子。
父親に肩車されている。
祭りの夜。
楽しそうな笑顔。
次の光。
若い夫婦。
神社で手を合わせている。
また別の光。
老人が一人で祭り囃子を聞いている。
懐かしそうに。
「全部……記憶?」
タケルは答える。
「忘れられかけた記憶だ」
「完全には消えていない」
蒼真は胸が熱くなる。
人は忘れる。
でも。
想いそのものは消えないのかもしれない。
その時だった。
遠くで鐘のような音が鳴る。
ゴォォォン――
記憶の海が揺れた。
光たちが一斉に流れ始める。
まるで何かを避けるように。
蒼真は振り返る。
そして息を呑んだ。
海の底の闇。
その奥から。
巨大な影が現れる。
鯨のようでもある。
龍のようでもある。
だが。
全身が黒い霧でできている。
忘却の影。
今まで見たどの存在よりも大きい。
そして。
その額には。
青く輝くものが埋め込まれていた。
◇
第二の歌の欠片。
潮が呟く。
「まさか……」
タケルの表情が険しくなる。
「欠片を守っているんじゃない」
蒼真が振り返る。
タケルは静かに告げた。
「欠片に縛られているんだ」
巨大な影が目を開く。
深い悲しみに満ちた瞳だった。
そして。
蒼真へ向かって。
ゆっくりと近づき始めた。




