第二十五話 鳴門へ
翌朝。
淡路島の港は眩しいほどの青空だった。
海は穏やかで、
昨日の出来事が夢だったようにも思える。
「忘れ物ない?」
澪が聞く。
「大丈夫」
蒼真が答える。
「俺はある!」
陸が言った。
「何?」
「朝ご飯」
潮が額を押さえる。
「食べたでしょ」
「もう一回食べたい」
神崎家の祖母が大笑いした。
「また来なさい」
「はい!」
そんなやり取りを見ながら。
蒼真は少し嬉しくなった。
不思議だった。
昨日まで知らなかった人たちなのに。
どこか親戚の家のような温かさがある。
神話を守る人。
祭りを守る人。
語り継ぐ人。
皆どこか似ているのかもしれない。
◇
港へ向かう途中。
澪が小走りで追いかけてきた。
「待って!」
蒼真たちが振り返る。
澪は少し息を切らしていた。
「私も行く」
沈黙。
「え?」
陸が固まる。
「だって」
澪は当たり前のように言う。
「歌のことも」
「神代の航路のことも」
「私の家に関係してる」
「それに」
少しだけ照れながら続ける。
「私も見たいから」
蒼真は笑った。
「歓迎するよ」
その瞬間。
澪の表情がぱっと明るくなる。
潮がその様子を見ていた。
じーっと。
かなりじーっと。
「何?」
澪が聞く。
「別に」
別にではなかった。
蒼真は気づいていない。
陸は気づいている。
タケルも気づいている。
「蒼真」
陸が小声で言う。
「鈍感って罪だな」
「何の話?」
「そのままでいてくれ」
◇
船が出航する。
淡路島がゆっくり遠ざかる。
甲板には四人。
蒼真。
潮。
陸。
澪。
旅の仲間が一人増えた。
海風が吹く。
神代の鍵が微かに光る。
一つ目の歌。
そして次の目的地。
鳴門。
昼頃。
船が鳴門海峡へ近づく。
その瞬間だった。
蒼真の勾玉が激しく脈打つ。
今までにないほど強く。
視界が揺れる。
海が歪む。
そして。
蒼真だけに見えた。
巨大な渦の中心。
そこに誰かが立っている。
黒い着物。
長い髪。
顔は見えない。
だが。
蒼真はなぜか知っていた。
あの人を。
知らないはずなのに…
懐かしい。
胸が苦しくなるほど。
その人物がゆっくり顔を上げる。
そして。
静かに口を動かした。
――蒼真。
自分の名前だった。
次の瞬間。
幻は消える。
蒼真は思わず手すりを掴んだ。
◇
「大丈夫!?」
澪が駆け寄る。
「……ああ」
答えながらも。
心臓は激しく鳴っていた。
あれは誰だったのか。
なぜ自分の名前を知っていたのか。
そして。
神代の鍵に新しい文字が浮かぶ。
――渦の底で待つ者あり
――神守よ、過去を恐れるな
鳴門の海が近づいてくる。
青く。
深く。
そしてどこまでも謎めいて。
蒼真たちを待っていた。




