第二十四話 渦の向こう側
潮待ち浜から戻った夜。
神崎家の縁側には静かな月明かりが落ちていた。
蒼真は一人で庭を眺めていた。
手の中には神代の鍵。
そこには確かに一つ目の歌が刻まれている。
だが。
胸の中に残っているのは達成感だけではなかった。
祖母のこと。
神守のこと。
そして。
あの黒い影のこと。
考えれば考えるほど。
分からないことは増えていく。
「眠れないの?」
声がした。
振り向くと澪が立っていた。
「少し」
「私も」
二人で縁側へ座る。
虫の声が聞こえる。
遠くで波の音もする。
「蒼真くんってさ」
澪が空を見上げながら言う。
「不思議だよね」
「どこが?」
「神様を見る時」
「怖がらない」
蒼真は少し考えた。
確かに。
最初は驚いた。
けれど。
今は違う。
「祖母ちゃんのせいかな」
澪が笑う。
「神様って」
「特別な存在じゃなくて」
「誰かを想う気持ちの近くにいる気がする」
祭りの神。
凪島の人々。
潮。
タケル。
今日出会った少女。
思い返せば。
どの神も人を見ていた。
澪はしばらく黙っていた。
そして。
小さく呟く。
「やっぱり似てる」
「ばあちゃんに?」
◇
澪は頷いた。
「おばあちゃんがよく言ってた」
『あの人は神様を崇めるんじゃなくて、友達みたいに話す』
蒼真は思わず笑った。
祖母らしい。
◇
その時だった。
神代の鍵が淡く光る。
月明かりの中。
文字が浮かび上がる。
――渦は境界
――忘れられた歌は海底に眠る
澪も見ている。
「海底?」
「どういうことだろう」
その瞬間。
タケルが縁側の向こうから現れた。
いつの間に来たのか分からない。
相変わらず神様らしい。
「鳴門の渦は特別なんだ」
蒼真たちは顔を上げる。
「昔」
「神代の航路は海の上だけではなかった」
「え?」
「海の下にも続いていた」
沈黙。
陸なら間違いなく叫んでいるところだった。
今はいない
すでに熟睡している。
タケルは苦笑した。
「正確には記憶の海だ」
「神話が沈む場所」
蒼真は言葉を失う。
「鳴門の渦は入口」
「忘れられた物語が流れ着く場所でもある」
風が吹く。
月明かりが揺れる。
「だから二つ目の歌は」
タケルが静かに告げる。
「過去へ潜らなければ見つからない」
その言葉に。
蒼真の勾玉が強く脈打った。
まるで。
旅の次の扉が開いたように。
翌朝。
蒼真たちは淡路島を発つことになる
目的地は鳴門。
渦潮の海。
神話が沈む場所。
そして。
第二の歌が眠る場所。
だが誰もまだ知らなかった。
鳴門の海で待つ試練が。
これまでで最も深く。
蒼真自身の過去に触れるものになることを。




