第二十一話 国生みの使い
夕暮れの庭。
白い狩衣の青年は静かに立っていた。
風が吹くたびに長い黒髪が揺れる。
人の姿をしている。
だが人ではない。
蒼真にははっきり分かった。
「祖母ちゃんを知ってるのか」
蒼真が尋ねる。
青年は少しだけ笑った。
「知っている」
「ずいぶん世話にもなった」
その言葉に。
神崎家の老婦人が驚いた顔をする。
「まさか……」
◇
青年は軽く頭を下げた。
「お久しぶりです」
「語り部殿」
老婦人は目を細めた。
懐かしい人に会ったような顔だった。
「まだおったのかい」
「おりますとも」
青年は肩をすくめる。
「神は人より少し長生きですので」
陸が小声で蒼真に言う。
「少しどころじゃなくないか?」
「俺もそう思う」
青年は聞こえていたらしい。
少し笑った。
◇
「私はタケル」
「国生みの使いと呼ばれている」
その名を聞いた瞬間。
潮が息を呑む。
「まさか……まだ残ってたの?」
「失礼だな」
タケルは苦笑する。
「消えそうにはなったがな」
蒼真には意味が分からない。
だが。
潮の反応を見る限り。
かなり古い存在なのだろう。
タケルは蒼真へ近づく。
勾玉が共鳴する。
まるで再会を喜ぶように。
◇
「それが神守の勾玉か」
「知ってるのか」
「もちろんだ」
タケルの瞳が少し遠くを見る。
何百年も前を思い出すように。
「お前の祖母も持っていた」
「え?」
蒼真は目を見開く。
祖母も。
同じ勾玉を。
「正確には先代の勾玉だ」
「神守が代々受け継ぐものだからな」
タケルは空を見上げた。
夕焼けが少しずつ夜へ変わっていく。
◇
「お前たちは八つの欠片を集めようとしている」
「うん」
蒼真は頷く。
「だが」
タケルの表情が変わる。
真剣になる。
「欠片を集めることが目的ではない」
静かな声だった。
しかし重みがあった。
◇
「どういうこと?」
澪が尋ねる。
タケルはゆっくり答える。
「神代の航路は道だ」
「人と神を結ぶための」
「欠片は鍵ではある」
「だが本当に必要なのは」
「人の想いだ」
◇
蒼真は凪島の祭りを思い出す。
確かにそうだった。
欠片を見つけたから祭りが戻ったわけではない。
人が集まり。
願い。
行動したから戻ったのだ。
◇
タケルは満足そうに頷く。
蒼真の考えを読んだようだった。
「最初の欠片も同じだ」
「試練を越えねば手に入らない」
その時。
神代の鍵が再び光る。
空中へ文字が浮かび上がった。
蒼真だけでなく。
今度は全員に見えていた。
――眠る神の夢を辿れ
――失われた歌を見つけよ
◇
澪が呟く。
「歌……?」
老婦人の顔色が変わった。
何かを思い出したように。
「まさか」
「春呼びの唄かい」
部屋が静まり返る。
タケルだけが頷いた。
「そうだ」
「森の神を目覚めさせる歌」
「かつて淡路で歌われていた祈りの唄」
「今は失われている」
澪が小さく言う。
老婦人は神守録を見つめた。
そして。
震える手で一つのページを開く。
そこには。
若き日の蒼真の祖母の筆跡が残されていた。
『春呼びの唄は完全には失われていない』
『歌の欠片は三つに分かれ』
『島の記憶の中に眠る』
蒼真たちは息を呑む。
三つの歌の欠片。
それを集めなければならない。
◇
タケルは微笑む。
どこか楽しそうに。
「さあ」
「最初の旅の始まりだ」
夜の風が庭を渡る。
森では今も神が眠っている。
その夢の中で。
遠い神代の歌を待ちながら。




