第二十話 祖母が残した旅路
「君はまだ聞かされていなかったんだね」
老婦人の言葉に、
蒼真は何も返せなかった。
畳の上に置かれた神守録。
そこに描かれている女性。
優しい笑顔。
縁側で神話を語ってくれた祖母と同じだった。
「ばあちゃんが……神守?」
震える声で尋ねる。
老婦人は静かに頷いた。
◇
「今から四十年以上前のことだよ」
「まだ瀬戸内のあちこちに語り部が残っていた頃」
「祭りも今よりずっと盛んだった」
ページがめくられる。
古い写真が挟まっている。
若い頃の祖母。
今の蒼真より少し年上くらいだろうか。
隣には数人の若者たち。
皆笑っている。
海を背に。
船の前で。
「この人たちは?」
蒼真が聞く。
「仲間たちだよ」
老婦人は懐かしそうに微笑む。
「昔の神守」
「各地の語り部」
「祭りを守る人たち」
◇
そして。
指先が写真の端をなぞる。
そこには。
一人だけ顔が隠れている人物がいた。
「……この人は?」
老婦人の表情が少しだけ曇る。
「それはまだ話せない」
部屋に沈黙が落ちた。
澪も何か知っているようだったが口を開かない。
◇
老婦人は別のページを開く。
そこには祖母の筆跡が残っていた。
蒼真はすぐに分かった。
何度も見た文字だったから。
『神話は過去ではない』
『人が語る限り生き続ける』
蒼真の胸が熱くなる。
祖母の声が聞こえた気がした。
『神様は遠くにおるんやない』
『人が忘れん限り、そばにおる』
子どもの頃。
何度も聞いた言葉。
今なら意味が分かる。
「祖母ちゃんは何をしてたんですか」
老婦人はゆっくり答えた。
「旅をしていた」
「蒼真くんたちと同じように」
瀬戸内の島々。
神社。
祭り。
語り部。
失われそうな祈りを繋ぐ旅。
蒼真は神守録を見る。
まるで。
自分たちの旅の続きを読んでいるようだった。
◇
その時だった。
神代の鍵が淡く光る。
神守録も呼応するように輝いた。
ページがひとりでに開く。
風もないのに。
最後の方のページ。
そこには一枚の地図が描かれていた。
瀬戸内海。
そして八つの光点。
蒼真たちは息を呑む。
今、自分たちが見ている神代の航路図と同じだった。
だが。
一つだけ違う。
中央に文字が書かれていた。
――最後の門は出雲に在り。
潮の顔色が変わる。
澪も驚いている。
◇
「出雲……」
蒼真が呟く。
神々が集う地。
そして航路の終着点。
その瞬間。
庭の方から強い風が吹いた。
ガタリ。
障子が揺れる。
神代の鍵が強く脈打つ。
蒼真は立ち上がる。
何か来る。
そう感じた。
◇
外へ飛び出す。
夕暮れの庭。
そこに。
誰かが立っていた。
白い狩衣。
長い黒髪。
青年のような姿。
しかし。
人ではない。
神気があまりにも強い。
空気そのものが震えている。
青年は蒼真を見る。
そして。
どこか懐かしそうに微笑んだ。
◇
「ようやく来たか」
その声を聞いた瞬間。
蒼真の勾玉が今までで最も強く光った。
青年は空を見上げる。
夕焼けに染まる淡路の空を。
そして静かに言った。
「お前の祖母に頼まれていた」
蒼真の息が止まる。
「神代の航路を継ぐ者が現れたら」
「力を貸してやってくれと」
風が吹く。
神々の時代から続く約束が。
今。
蒼真たちの前で動き始めようとしていた。




