第十八話 眠る神の森
「淡路の神が眠り始めてる」
神崎澪の言葉に。
蒼真たちはしばらく何も言えなかった。
境内を吹き抜ける風だけが静かに鳴っている。
◇
「眠るって……どういう意味?」
最初に口を開いたのは陸だった。
澪は少し考える。
「消えるわけじゃない」
「弱っているわけでもない」
「ただ」
言葉を選ぶように続けた。
「目を閉じてしまう感じ」
◇
蒼真は眉をひそめる。
「神様が眠るとどうなるんだ?」
「土地の記憶が薄くなる」
澪は答えた。
「祭りが途絶える」
「伝承が忘れられる」
「人と神を結ぶ道が消える」
◇
潮の顔色が変わる。
「神代の航路……」
澪が頷く。
「その通り」
◇
三人は顔を見合わせた。
凪島で見たものと同じだ。
祭りが失われる。
祈りが失われる。
神と人との繋がりが薄れていく。
◇
「案内する」
澪はそう言って歩き出した。
向かうのは神宮の裏手。
一般の参拝者はほとんど来ない場所だった。
◇
森へ入る。
鳥の声が聞こえる。
木漏れ日が揺れる。
空気が少しずつ変わっていく。
深く。
静かに。
◇
蒼真の勾玉が反応していた。
小さく脈打っている。
まるで何かを探しているように。
◇
「昔」
澪が歩きながら話す。
「私の家は神話を語り継ぐ役目だった」
「語り継ぐ?」
「うん」
「神様の物語」
「祭りの意味」
「土地の伝承」
「それを忘れないように残す人」
◇
蒼真は少し驚く。
祖母も似たことをしていた気がした。
昔話を語る。
土地のことを教える。
何気ない会話の中で。
◇
「でも」
澪は苦笑した。
「今は聞く人が少ない」
少し寂しそうだった。
その時。
潮が立ち止まる。
「……いる」
声が小さくなる。
◇
森の奥。
大きな楠が立っていた。
何百年も生きているような巨木。
枝は空を覆い。
幹は何人で囲んでも足りないほど太い。
そして。
その根元に。
誰かが座っていた。
◇
白い着物。
長い髪。
少年とも少女ともつかない姿。
目を閉じている。
まるで眠っているように。
◇
「……あれが?」
蒼真が尋ねる。
澪は静かに頷いた。
「淡路の神の一柱」
「森を守る神様」
◇
近づいても反応がない。
呼んでも動かない。
眠ったまま。
ただ静かに座っている。
◇
その時だった。
蒼真の勾玉が強く光る。
神代の鍵も共鳴する。
眠る神の胸元。
そこに小さな光が浮かび上がった。
欠片だった。
星のような。
水晶のような。
淡く青い光。
潮が息を呑む。
「神代の欠片……!」
◇
すると。
森全体が震えた。
ザァァァ――
木々が揺れる。
風が吹く。
◇
蒼真の視界の端に。
黒い影が見えた。
人の形にも見える。
霧にも見える。
影は眠る神を見つめていた。
そして。
どこか悲しそうだった。
◇
『また来たのか』
声が聞こえる。
誰の声か分からない。
だが。
神ではない。
人でもない。
『忘れられることを恐れる者たちよ』
森の空気が重くなる。
澪の顔が強張った。
潮も警戒している。
◇
蒼真だけが感じていた。
この気配。
どこかで覚えがある。
神の泉で出会った忘却の獣に似ている。
だが違う。
もっと古い。
もっと深い。
◇
影は静かに笑った。
『ならば試してみよう』
『お前たちが本当に繋げるのかを』
◇
次の瞬間。
眠る神の胸元から。
青い欠片が宙へ浮かび上がった。
神代の欠片。
最初の一つ。
そして。
蒼真たちの前に、新たな試練の幕が上がろうとしていた。




