第十七話 始まりの島
淡路島に着いたその日。
蒼真たちは港近くの小さな宿に荷物を置き、さっそく島を歩き始めた。
祭りの準備で来た時とは不思議と違う島に見えた。
海から吹く風が心地よい。
凪島とはまた違う空気だった。
人も多い。
車も多い。
けれどどこか穏やかだ。
◇
「まずどこ行く?」
陸が地図を広げる。
潮は迷わず答えた。
「神社」
「だと思った」
◇
三人はバスに乗る。
窓の外には玉ねぎ畑が広がっていた。
「すごいな」
蒼真が呟く。
どこまでも続く畑。
海。
山。
そして小さな集落。
人の暮らしが島の風景に溶け込んでいた。
◇
祖母の言葉を思い出す。
『神様は遠くにおるんやない』
『人が暮らしとる場所におる』
幼い頃。
縁側で聞いた言葉だった。
◇
一時間ほどして。
目的地へ着く。
大きな鳥居。
長い参道。
木々に囲まれた神域。
そこには
【伊弉諾神宮】
があった。
◇
鳥居をくぐった瞬間。
蒼真の勾玉が震える。
今までにないほど強く。
◇
「やっぱり……」
潮も気づいていた。
「ここだ」
◇
参道を歩く。
木漏れ日が差し込む。
風が葉を揺らす。
その空気はどこか神の泉に似ていた。
静かで。
優しくて。
深い。
◇
拝殿の前に立つ。
三人は手を合わせた。
その瞬間。
世界が反転した。
◇
蒼真の視界が白く染まる。
海。
空。
何もない世界。
その中心に立つ二柱の神。
男神と女神。
◇
巨大な矛が海をかき混ぜる。
雫が落ちる。
その雫が島になる。
一つ。
また一つ。
さらに一つ。
◇
『島は土地ではない』
声が響く。
『人が生きる場所である』
『人が笑う場所である』
◇
そして。
蒼真は見た。
二柱の神の後ろに。
無数の光が広がっている。
祈り。
願い。
祭り。
人々の想い。
それらが島々を繋いでいる。
その光景は。
神代の航路そのものだった。
◇
視界が戻る。
蒼真は息を呑んだ。
拝殿の前。
だが。
潮も陸も同じ顔をしている。
「見た?」
陸が言う。
「見た」
◇
その時だった。
参道の奥から足音が聞こえた。
コツ
コツ。
コツ。
◇
振り返る。
そこにいたのは。
港で見た少女だった。
長い黒髪。
白いワンピース。
静かな瞳。
◇
少女は蒼真を見つめる。
そして確信したように言った。
「やっぱり」
「神守なんだね」
◇
境内の風が止まる。
潮が一歩前へ出る。
神気がわずかに揺れる。
少女はそれを見ても驚かなかった。
◇
「安心して」
少女は小さく笑う。
「私は敵じゃない」
「敵って何だよ」
陸が突っ込む。
◇
少女は少しだけ困った顔をした。
「説明が難しいから」
「先に名乗るね」
◇
深く一礼する。
神社の作法が自然に身についているような所作だった。
「私は神崎澪」
「この島で神話を守る家の者」
◇
蒼真たちは顔を見合わせる。
神話を守る家。
それはつまり――
自分たちと同じように。
神の世界と関わる者。
◇
澪は真っ直ぐ蒼真を見る。
その瞳には焦りがあった。
「来てくれてよかった」
「実は」
◇
彼女は空を見上げる。
神宮の森のさらに奥。
誰にも見えない場所を。
「淡路の神が眠り始めてる」
◇
その言葉と同時に。
蒼真の勾玉が強く脈打った。
神代の鍵。
最初の欠片。
そして。
最初の異変が、静かに動き始めていた。




